新しい人生と出会い
「良かった、ようやく気がついたのね…なかなか起きないから心配したわ」
何もない白い空間、整った顔立ちの少女、体がない私。見渡してもこれ以上は何もないみたいだ。そもそも私は飛び降りて死んだはずで、意識があること自体がおかしい。死にたかったのに死ねなかった、これ以上残酷なことってある?
「いいわ、私が説明してさしあげます」
少女の説明をまとめるとこうだ。
・私は間違いなく死んで、ここは死後の世界である
・少女は生死を司る天使のリアネン様
・若くして死を選んでしまった私に選択肢が与えられた
選択肢は3つ
①元の世界で違う人間として生まれ変わる
②違う世界で現地の人間に憑依する形で生きる
③死後の世界で天使様たちのお手伝いをしてすごす
「それで、あなたはどうしたいの?」
死んでも無にはなれないってことなのか…
それならいっそ、違う人生を歩んでみるのもいいかもしれない。私が私じゃないなら、こんなに辛い思いをすることもないはずだから。
「わっ、私、異世界に行きたいです…!」
精一杯振り絞って、震えた声で答えた。
「わかったわ、それならこのファイルを見て。この子があなたの転生先よ」
天使様から受け取ったファイルの中には数枚の紙が挟まれていて、1人の女の子についてと、転生先の世界についてが詳しく記されていた。
『クララベル・ロザリンド 6歳 1月26日生まれ
ベスビアナイト王国ロザリンド伯爵家 長女
9歳の誕生日を前に感染症により死亡』
『時の流れや惑星の形、公転自転、基本的な物理、化学現象などは地球と同じだが、気候や陸地の形状は異なる』
「今回の場合、元々この子に入っていた魂は9歳で死んでしまう運命を持っていたわ。でもあなたは前世で15歳まで生きたから、15歳までは命の保障をするわ。すぐに死んでしまうのは嫌でしょう?」
「…あ、ありがとうございます」
答えたのを合図に、意識は光に飲まれて溺れていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうして目を覚ました私は、典型的な転生ヒロインのように「何!ここどこ!?」となることは決してなく、あくまで冷静に、泣いている女の子と見つめ合う。綺麗な金髪が印象的な女の子は、アニメでしか見たことがない、メイドのような格好をしていた。
「ララ様っ!!…やっとお目覚めになられたのですね。何度天使様に願ったことか!」
どうやらこの体はしばらく眠っていたみたいで、まだうまく体が動かない。体を起こし、話すのがやっとの程度だ。残念ながら体の記憶は残っていないみたい。仕方がない、記憶喪失を装うしかない。
「え、えっと…あなたはどちら様でしょうか?」
発言して感動した。今まで散々悩み嫌った自分の声が、鈴を鳴らしたような可愛らしいものになっていた。
「え、そんなっ…ララ様、私です!ヴェラですよ!?」
ヴェラという名前らしいメイド風の女の子は再び涙を流す。罪悪感に襲われたけれど、まさか本当のことを言うわけにもいかないし、ただ混乱させるだけ。
「思い出せませんか?」
「…ごめんなさい」
女の子は誰かの名前を呼びながら、バタバタと部屋を出ていってしまった。
部屋を見回すと、本当に貴族なのだと思い知らされた。細部までこだわり抜かれた装飾品、天蓋付きのベッド。ふと目をやった先には化粧台があり、鏡は美少女を映していた。
手入れの行き届いたストレートの銀髪に、アメジストのような二重の瞳、すらっと通った鼻筋…まるでヨーロッパの人形みたい。
思わずため息をついた。こんな私に整った容姿は不釣り合いだ。
そんなことを考えながら自分の顔を眺めているうちに、さっきの女の子が数人を引き連れて戻ってきた。
「あら、もうすっかり元気みたいね。心配したのよ?」
「姉様!」
私の顔に似た女性と、まだ幼い男の子が口々に私に話しかけた。男の子はベッドサイドまで駆け寄ってきて抱きついてくる。姉様、ということは私の弟になるのかな。
「姉様、元気?」
「あ、はい…もう少し寝ていれば大丈夫だと思います」
瞬間、しまったと思ったがもう遅かった。部屋中の空気は凍りついた。
「奥様、シェルファ様、大変申し上げにくいのですが、その…ララ様はどうやら記憶が抜け落ちているみたいなのです」
「そんな…ララ、お母様のこと覚えてないの?」
すがるような目で見つめられても、ない記憶はないのだ。申し訳ないけれど、私に元のクララベル・ロザリンドを演じることはできない。
「…申し訳ありません」
「ヴェラ、ただちにお医者様を呼んでちょうだい!」
「すでに手配しております」
到着した医者の診断は「記憶喪失」
当たり前だ、医者からされた質問に対して、わからない、覚えていないとだけ答え続けたのだから。
途中で部屋にやってきた、旦那様と呼ばれている男性を含めた4人は、私の名前をしきりに呼んだ。声が震えて、どうか、元のクララベルに戻ることを願っているのが伝わってくる。でも、ごめんなさい。もうあなたたちの本物の家族はここにいない。
その日の夜、窓から月を見つめて泣いた。何年ぶりだろう、もはや何で泣いているのかすらわからない。体は全快ではないのに、なんだかよく眠れない。気がついたらいつのまにか朝になっていた。