初の王宮と茶会
中等部に入学してから1ヶ月が過ぎ、あたたかな5月を迎えた。この世界の4月は朝晩が肌寒いくらいなので、5月になってようやく春を感じるのだ。
5月から本格的に社交シーズンに入り、普段は自領に住んでいる貴族たちも王都の屋敷に集まってくる。王宮や貴族の邸宅で毎晩のように夜会が行われ、成人前の子供向けに昼間の茶会も開かれる。ちなみにこの世界の成人年齢は16。
熱に倒れる前のクララベルは非常に社交的で、社交界の華と呼ばれていたらしいが、私がこの世界に来てから約2年、1度も社交には出ていない。病弱で記憶を失ったためとなっているが、実際は大勢の人が集まって話をしないといけない場が苦手なだけだ。
しかし、今年からは事情が異なる。私が中等部に通い始め、その姿を見ている人がたくさんいるからだ。貴族主催の茶会に参加する必要はなくても、王宮主催のものはほとんど義務。むしろ今まで不参加を貫けたことが異例なのだ。
「来週末の王宮茶会は伯爵家以上の令嬢令息対象ですよね。ララは今年から参加するのですか?」
「そうですね、行って大人しくしているだけになりますけど…」
セレン様も同じく参加するので、何かあれば助けてくれるとは思うけど、茶会というのは基本的に男女で分かれて席につくのだ。完全に頼りにするわけにはいかない。
社交の場に出る準備は時間がかかる。ドレスを用意し、流行の調査をする。私の場合、普段ほとんど外出用のドレスを着ることがないので、既にクローゼットに並んでいるものから選ぶ。話題を振る気も会話に参加する気もないので、流行など知らなくてもいい。
そのため、特別準備をすることもなく当日を迎えた。とても憂鬱で、行きたくないと思うけれど、今後カートレッタ侯爵家に嫁ぐなら社交界に慣れておく必要がある。仕方がないことだ、観念しよう。
もはや定番と化してきた、濃い紺の生地に銀糸で刺繍が施された大人しいドレス。地味な色で目立たないし、銀髪によく合うのでたくさん同じようなドレスを持っている。
編み込んでハーフアップにした髪に、大粒の赤いルビー付きの髪飾りをつける。これはセレン様が「茶会の時につけて行ってください」とプレゼントしてくれたものだ。
身支度を終えた私は、淑女の礼の確認をして、馬車に乗り込んだ。初めて王宮に行くので、緊張してずっと握った拳に力が入っている。今日どのように立ち回るかで、今後の自分の身の振り方が決まってくる。同世代の貴族が集まるのだ、失敗はできない。
「お嬢様、到着いたしました」
御者の声が聞こえて馬車を降りると、案内役の使用人が待っていた。後ろについて会場である大ホールに入った瞬間、ざっと音が鳴るくらい参加者全員が私の方を見た。突き刺さる視線に逃げ出したくなるけれど、なんとか耐えて席まで行く。ロザリンド伯爵家の序列によって決められた席は、王女殿下の近く。同世代の公爵、侯爵令嬢がいないためだ。王女殿下は私の1つ年上で、公爵家の令息と婚約されている。
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
「クララベル嬢、久しぶりですわね。お加減はいかが?」
「ご心配いただきありがとうございます。記憶は依然として戻りませんが、体調に問題はありません」
ここまでは全て想定通りだ。他の貴族はともかく、王族の方に対して失礼があればロザリンド伯爵家の今後に関わるので、たくさん練習してきた。
しばらくして参加者が揃い、お茶会が始まった。何をするわけでもない、ただ会話を交わし、親睦を深めるだけの会だ。男の子たちは別の部屋にいて、女の子たちは王女殿下の主導で会が進む。この場での序列は、上から順に、王女殿下、私、その他伯爵令嬢たちという感じだ。今まで周りと関わる機会が少なかったので実感はなかったけれど、私の身分は上位らしい。
「みなさん、今日は社交始めのお茶会ですから気負わずに楽しくお話ししましょうね」
王宮の料理人たちによって作られたスイーツにはほとんど手がつけられず、ドレスの流行や観劇の話で盛り上がる。私は王女殿下のお話に相槌を打ちながら過ごした。
「クララベル嬢は最近、カートレッタ令息と随分お熱いと聞いたのですが…本当のところどうなのですか?」
「そ、うですね…私には過分なくらいよくして頂いておりますわ」
「まぁ、素敵ですわね!」
急に話題を振られるとドキッとするのでやめてほしい。王女殿下相手にそんなことを言えるはずがないのだけれど。これを機に話は恋愛方面へ移っていく。もう既に婚約している人も少なくないので、ほとんど惚気大会のようなものだが、政略結婚により婚約している人たちからは多少の文句も出る。「義務的でこのまま結婚するのは気が進まない」とか、「それでも婚約破棄をすれば家に迷惑をかけてしまうので言い出せない」などなど。
私とセレン様は元々政略的な関係だったけれど、最近では一緒に過ごす時間も長くて、お互いを大切にしていると思う。私たちみたいな人たちばかりではないのだと知り、もっと自由恋愛が進めばいいのにと感じてしまった。
お茶会がお開きになり、王女殿下にご挨拶してから帰路につく。自室に戻り、外出用のドレスから着替えてすぐにベッドへ倒れ込んで晩餐の時間まで眠った。きっと、慣れないことをして心身ともに疲れていたのだ。自分が思っていたよりも上手く立ち回れたと思うけど、次期侯爵夫人としてなら不十分。もっと場数を踏んだら慣れると思うが、セレン様は苦手な社交を無理に頑張らなくていいと言う。それでも自分の努力でなんとかなるなら頑張りたいと思うので、中等部にいる間にもう少し色々な社交へ参加しよう。無理しすぎだとセレン様に怒られない程度に。




