守り
自室に戻り、一心不乱に今日の授業の復習をする。余計なことに頭を使いたくないので、わざと難しい問題を解いてみた。こんな私だから、勉強くらいできないとセレン様の隣に並び立つことなどできない。少し落ち着くと、ヴェラが晩餐の時間を知らせてくれる。正直、何も食べたくないのだけれど、そういうわけにもいかない。重い足取りでダイニングへ向かった。
「ララ、顔色が悪いわよ、大丈夫?」
「はい、問題ありませんわ」
私には、心配してくれる家族と婚約者、友達がいるのに、どうしてこんなに孤独な気がするんだろう。特にセレン様は私のために多くの時間と労力をかけてくれていて、それは私自身もよく分かっているはずなのに。こんな自分は嫌いだ。
お父様とシェルファも席につき、晩餐が始まる。大好きなはずのポタージュも、味が感じられない。過去これほどまでに食が辛いと思ったことはなかった。全くスプーンが進まず、久しぶりに食事を残してしまった。
部屋に戻り1人になると、急に気持ち悪さが襲ってきた。我慢できず、近くにあった手洗い用の桶に吐いてしまう。ほとんど何も食べていないので出るものがなく、口の中に残るのは苦い、胃液の味。この世界に来てから治っていたトラウマによる症状が、1つずつ戻ってきている。フラッシュバック、過呼吸、悪夢、吐きグセなど。
こんな状態では、この世界で幸せになるという目標には到底届かない。やっぱり私には無理な願いだったのかな。
吐いたのに気持ち悪さが治らず、窓辺のソファで一夜を明かした。辛くても涙は流れず、こうしてまた心が壊れていくのを感じた。泣けるのは、それだけ心が健康な証なのだ。
翌朝、セレン様が様子を見に来ると言っていたので、いつもより早く準備をした。朝食はコップ一杯の水が限界。侯爵邸と伯爵邸は少し離れていて、アカデミーに行く途中に寄るには少し都合が悪い場所にある。全く気乗りはしないが、わざわざ迎えに来てもらった以上、行かないわけにはいかない。誰にもバレないよう、小さなため息をついた。
セレン様にエスコートしてもらって侯爵家の馬車に乗り、伯爵邸を出発した。ちなみにシェルファは後から伯爵家の馬車で来るらしい。
「もしかして、昨夜はあまり眠れませんでしたか?」
「そ、うですね…なんだか落ち着かなくて」
その会話を最後に、2人とも口を閉ざしてしまった。馬車の車輪が回る音と街を歩く人たちの声が響く時間がどれほど続いただろうか。
セレン様が突然、
「今日は休みましょう、伯爵邸に戻ってもらえる?」
と言い出した。御者はかしこまりましたと言って、大通りをUターンし、来た道を戻る。
「セレン様!?」
真面目で、初等部では首席を他に譲ったことがなかったセレン様がそんなことを言い出すなんて、絶対におかしい。どうして突然そんなことを。
「自分では気がついていないかもしれませんが、行きたくないと顔に書いてありますよ。それに体調も悪いみたいですから、無理して行くべきではありません」
「それは…」
何もかも、見破られている。セレン様に下手な誤魔化しは効かない。
「でも、今日行かなければ…行かなければいけないんです」
「どうして?」
「今日休んでしまえば、次からも休めばいいと自分を甘やかしてしまいそうで怖いのです。私はとても、弱いから…」
前世だってそうだった。1度休めば簡単に休むようになり、私はそれが逃げているようで嫌だった。再び登校するのがより大変になるのも知っている。だからこそ、今世では休みたくない。
「アカデミーに行くのが辛いから休むのは逃げではありません。守りです。無理をして行って、ララが壊れてしまったら元も子もないんですよ?」
「それはそうですけど…」
「僕が知る限り、ララは努力ができる人です。でもそれは、時にララ自身を苦しめていますよね。何事も頑張ればなんとかなるものではないんです。時には程よく肩の力を抜くことも必要ですよ?」
「わ、かりました…今日だけ特別です」
前世と違うところは、セレン様という強い味方がいること。今まで私の間違いを正してくれたのもセレン様だ。私自身のことは信じられないけれど、セレン様なら信じられる。




