甘い夏
それから約1ヶ月間、私たちは侯爵領で過ごした。セレン様と一緒にキッチンに立ち、作ったスイーツを食べた時、これこそが幸せというのだと思った。
そして、セレン様と初めて会ってからもうすぐ1年が経とうとしている。もうセレン様に対して言葉を詰まらせることは無くなった。これも全てはセレン様のおかげ。対外的に全く役に立たない性格の私を、ここまで大事にしてくれるのは貴族としては珍しい。ましてや私たちは政略的に結ばれた関係なのだから。
「ララって去年から勉強を始めたんですよね?始めて1年の割にSクラス圏内に入っているのはすごいですね」
「えっ、Sクラス圏内なんですか?」
セレン様と一緒に勉強をしていると、突然そんなことを言われた。前世で勉強していた数学や理科系はともかく、王国史やこの世界の地理はまだまだ高得点とは言えない。むしろ、代々国王陛下のおそばで政務の補助をしてきたロザリンド一族の長女として、頑張ってAクラスには入らないとと思っていたくらいだ。
「さすがは元完璧令嬢、ですね…」
「完璧令嬢…ですか?それはどういう…」
「いえ、なんでもありません。ただ、今のララの方が好きという話です」
セレン様は唐突にこういうことを口にする。いまだに慣れず照れてしまう私を見て、いつもの優しい笑顔を向けられた。
「アカデミーに通うようになったら、ララに声をかけてくる男子生徒がたくさんいると思います。もしも違うクラスになっても僕の知らないところで他の人になびいたらダメですよ」
セレン様は私の肩を抱き寄せて、髪に触れるだけのキスをした。この世界でそれは、独占欲の表れで相手の占有を意味する。
「せ、レン様…!?」
「ふふっ、可愛い…」
前世も含めて全く免疫のない私には、言葉も行動も甘すぎる。逆に、セレン様はどうしてそんなに余裕そうな顔でこんなに甘いことをできるのか謎だ。5歳の頃から婚約をしていたのに、どこで覚えてきたんだろう…
そこからさすがに頭が回らなくなり、勉強は全然捗らなかった。まだまだこの世界特有の学問は苦手なのに。
本格的な夏も終わり、セレン様の夏季休みの終わりに合わせて王都へ戻った。久しぶりにシェルファやお母様と過ごし、アカデミーの休日にはセレン様と一緒に試験勉強をした。息抜きに見せてもらった剣術が、素人目でもすごいとわかる腕前で驚いた。まだ8歳なのに勉強も剣術も一生懸命に頑張っていてすごいと思う。
「ララはすぐに僕のことをすごいと褒めてくれますが、ララは勉強も礼儀作法も1から学び直して、ピアノまで弾けるんですよね。僕なんかよりよっぽどすごいと思いますよ」
ピアノは前世の影響だ。いじめられて心がおかしくなった時も、自ら死を選んだ時も、1番近くで支えてくれたのは音楽だった。音楽は裏切らない、私が諦めない限り。
「ピアノはただの趣味ですから。人前で披露できるような腕前ではありませんし…」
「じゃあ、ララが納得のいく演奏ができるようになった時、僕にも聞かせてくださいね」
「わかりました、頑張って練習しておきます!」
そうして流れていった4ヶ月。とうとう試験の前日を迎えた。
もう今更必死に勉強をしてもあまり意味はないので、軽く苦手分野を復習して今日の勉強は終わり。心を落ち着かせるために、昨日セレン様が持ってきてくれた手作りのフィナンシェをお茶請けにして温室で過ごす。
途中で勉強を終えたシェルファも加わった。明日はシェルファも初等部のクラス分け試験を受ける。シェルファは私とは違って元々の頭の良さに努力も重ねることができるから、きっと目標のSクラスに入れると思う。
「この前姉様に教えてもらった解き方、家庭教師に教えてもらったのよりも速く解けていいね。算術は時間の心配をしなくてすみそうだよ」
「それは良かったわ。シェルファの役に立ったなら、私も勉強した甲斐があったわね」
あまり大きな声では言えないのだけれど、シェルファには少しだけ前世の知識を教えた。少し計算が速くなる程度の効果しかないので、目立って問題になることはないと思う。
「姉様もSクラスに入れたらいいね。クラスの人数が少ないから、姉様も緊張せずに過ごせるはずだよ」
「でもSクラスって上位5名でしょう?私はそんなに点数が取れないと思うわ」
「そうかなぁ…まぁ、受けてみないとわからないよね!一緒に頑張ろうね」
今日は早く寝て体調を整えよう。いよいよ明日は試験当日だ。




