本編完結記念SS①【黒髪の双子】
『黒髪の双子ですって…気味の悪い!』
これは僕が初めて耳にした直接的な悪口である。父上と同じ黒い髪と、母上譲りのアメジスト色の瞳を持って、双子の兄として生まれてきた僕が社交界で揶揄されるのは必然だった。もちろん、表立ってそんなことを言う命知らずはいない。父上と母上がその気になれば、人脈、武力、知力で貴族家を潰すことくらい容易いから。
それでも、そういった類の話は簡単に広まるし、両親のいないタイミングを見計らって聞こえるように言ってくる人はいる。
「おふたりはまだ中等部を卒業しておられないのですよね。なかなかお子様に恵まれませんでしたし、これも呪いのせいでしょうか」
「一体どんな不得を積んだら黒髪の双子なんて生まれるのかしら!」
「ルーナ、聞いちゃいけないよ」
「…?」
僕は慌ててルーナの耳を両手で塞いだ。僕と同じ色を持つルーナも揶揄の対象である。母上に似て控えめな性格の彼女は、どうしても社交界で珍しがられてしまう。お祖母様と母上仕込みの礼儀作法は、国中の令嬢が憧れるほどなのに。
「シオン、どうかしたの?」
「いえ、何でもありません」
「そう?それならいいのだけれど…」
「何かあったらすぐに私たちに言うんだよ?」
父上も母上も、そんな僕たちを愛して心配してくれる。3人とも、僕が大好きな家族だ。
「父上、お時間よろしいでしょうか」
「シオンか、どうした?」
王宮でのパーティーから帰った後、父上の私室を訪ねた。いつもは母上も一緒におられることが多いのだが、まだ湯浴みの途中らしく、部屋には父上1人。
「パーティーでのことをご報告に来ました」
「やはりか。ルーナの前で言わないのは相変わらずだな」
僕は先ほどのパーティーで言われたことを一言一句違えずに報告した。途中、だんだんと父上の背後に青い炎が大きくなっていくのが見えた気がしたがきっと気のせいである。
「…はぁ。シオン、すまない。私が守りきれていないのだな」
「いえ、父上のせいではありません」
「それでもだ。私の力が及ばないせいでシオンたちに苦しい思いをさせていることは確かだからな」
社交界を意のままに操ることがどれほど難しいのかは理解しているつもりだ。それが第1侯爵家の当主夫婦だったとしても。
「すみません…」
「いきなりどうした?」
「僕がもっとしっかりしてルーナを守らなければならないのに…」
父上は、はっと笑って僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。ぱっと父上の顔を見上げると、色々な感情が混ざったような表情をしている。
「まだシオンは10歳だ。親である私たちに守られる存在だと言うことを忘れないでくれ」
「でも…」
「今日、ルーナの耳を塞いでくれたことはとても感謝している。けれど、たまには自分の耳を塞ぐことも忘れないようにするんだよ?」
「…はい、父上」
失礼しました、と部屋を出て、自室に戻ってそのままベッドに倒れ込んだ。そして静かに泣いた。泣いて、泣いて、泣き疲れてそのまま深い眠りへと落ちていった。悲しかったわけではない。嬉しかったのだ。
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私は自分の黒髪が大好き。お父様とお兄様とお揃いだし、もっと幼い頃にお母様が話してくれたかぐや姫、という物語の主人公も綺麗なストレートの黒髪だから。でも、周りには黒髪が嫌いな人もいるみたいだ。お兄様は私にそういった話を聞かせないようにしてくれるけれど、私だって社交には参加しているし、アカデミーにも通っているのだから耳には入る。
「お母様、私が銀髪じゃなくて残念?」
まだアカデミーに入学する前、不意に気になって聞いたことがある。今思えば愚問なのだが、幼心にお母様だけが銀髪であることに疎外感を感じたのだ。
「そんなわけないでしょう?私はセレンの黒髪が大好きだから、2人も黒髪を持って生まれてくれて嬉しかったわよ」
「…そうなんだ」
「もちろん、銀髪でも嬉しかったわ。ルーナ、見た目は関係ないの。2人が私たちのところへ生まれてきてくれたことが1番嬉しいことだからね」
「ふーん…」
この時はまだ、お母様の言葉の意味を理解していなかった。お母様の銀髪はとても美しいから、娘である私にも受け継いでほしかったと思っていると思ったのに。
言葉の意味を本当に理解したのは、お父様とお母様が亡くなった後、お母様の私室から出てきた手記を読んだ時だった。そこには、お母様の人生の全てが綴られていた。2回の人生の全てが。
お母様は黒髪だったのだ。生きた時間はこちらの方が長いけれど、根本的な感覚はあちらの世界のものだったのだと思う。だからこそ、お父様の黒髪を難なく受け入れ、見た目は関係ないと言ったのだ。
そして、お母様の手記は当主の執務室に収めることにした。数年に1度、シオンお兄様が書き写しをとってくれているらしい。亡き後も世界中で絶大な支持を得ているお母様の過去を安易に公表することはできないので、私たち兄妹だけの秘密である。
「お母様は幸せだったんだね」
「うん、そうだね」
「またどこかで生きているのかな」
「お父様と仲良く暮らしているよ、きっと」
お兄様は大きな満月を見上げて言った。




