結婚式の準備
久しぶりに、セレン様と休日が被った日。行政部も騎士団もシフト制で、休みの日はバラバラになる。そのため、セレン様と休日が被るのは月に1度ほどしかない。
「ララ、ちょっと今いいかな?」
「はい、もちろんですわ」
午前の決裁を終えて一息ついていた時、セレン様が私室の扉を開けて入ってきた。何か相談ごとだろうか。
「こっちにおいで」
「…?」
どうやら仕事の話ではなさそうだ。言われた通りにセレン様の隣に腰掛けた。それなのに、セレン様は何やら気に食わなさそうな顔をした。
瞬間、セレン様の腕が私の膝裏に回されて、セレン様の上に座る形で着地した。
「!?」
「何か問題でも?」
「い、え、何でもないです…」
いいかげん慣れなければいけないのだが、いつも唐突なのでどうしても驚きが顔に出てしまう。
「そろそろ誓いの言葉を考え始めないと、と思ってね」
この国の結婚式では、新郎新婦が大天使リアネン様に誓いを立てる。誓いの言葉は夫婦によってそれぞれで、基本的には対になるような言葉を選ぶことが多い。半年ほど前にあったカロリーナ様とグレシャム様の結婚式でもおふた方が考えた言葉で誓いが行われていた。新郎新婦の誓いは参列者全員への誓いでもあるので、私たちらしさを表現しつつ、両家の名に恥じぬものを選ばなければならない。
執務机から紙とペンを持ってきて言葉の候補を書き出していく。
私たちは結婚式よりも先に入籍しているので、一般的な新郎新婦とは少し事情が異なる。やはり結婚式の前後で入籍する人たちが多いし、貴族の慣習として結婚式で広く周知してから入籍、というものがあるためにどうしても私たちの異例さは目立つ。セレン様が私の誕生日に入籍を急いでくださったのは、それなりの理由があったので両家とも納得の上のものだが。
「…ある程度こんなものかな」
「そうですね、なかなか良いと思います」
短い、たった一言の誓いだけれど、一生に1度しかない大切な誓い。
「ララの誓いはリアネン様も聞いてくださるんじゃないかな」
「そうですね、リアネン様ならきっと」
こちらの世界に転生してくる時、私に生きる希望と選択肢を与えて下さった方。そしてこの国の国教であるリアネン教の大天使様。
お祖父様をはじめとする名だたる方々が、本来は聖職者と王族しか立ち入ることのできない王宮の隣にある大聖堂での結婚式を決定(強行とも言う)したので、私の誓いも届きやすいはずだ。
ティータイムの後、私室でウェディングドレスの調整をする。マダムスミスデザインのオーダーメイドドレスは、私の希望通り真っ白の生地で作られている。シルクにシフォン、オーガンジーを何層にも重ねたプリンセスラインは、まさに貴族令嬢の多くが憧れるようなもの。
「もう少し腰の辺りを絞ったほうが良さそうですね」
「またお痩せになったのでは?」
「仕事が忙しいからかしら…」
文官とはいえ、資料を運んだり王宮内を歩き回ることも多いので、アカデミー生だった頃よりも運動量は間違いなく増えた。セレン様には内緒だが、仕事の日は忙しくて昼食を抜くこともあるので、その影響もあるかもしれない。
「それにしても、本当に装飾品はこちらだけでいいのですか?今からでも急げばお作りできますが…」
ヴェラは一粒ダイヤモンドのネックレスを手に取って言った。1cmほどの透明度の高い無色のダイヤモンド。日本なら、1000万円ほどする代物だ。確かに、複数の宝石を使った豪奢なお飾りを身につける人は多いが。
「十分よ。あまり派手なものは好きではないしね」
「そうですよね…」
私を着飾るのが好きなヴェラは残念そうな顔をしたが、ドレスと髪飾りが十分目を引くはずなのでそれ以外を主張する必要はない、というのが私の考えだ。
この世界の結婚式は、日本の結婚式とは少し違う。
新郎新婦はお互いの手を取って中央の花道を通り、前方の祭壇の前でリアネン様の像に礼をする。そして誓いの言葉を紡いで、参列者の承認が得られたら終了だ。
日本の結婚式とは違って、父親にエスコートしてもらうこともないし、ベールダウンや誓いのキスなんて儀式もない。要するに、日本よりも宗教色が強いのだ。
結婚式の後は、パーティーとなる。日本で言うところの披露宴にあたるイベントだ。
新郎新婦は参列者からの挨拶を受け、料理やスイーツでおもてなしをする。そしてその場は新たな縁を結ぶ場ともなる。
「決めないといけないことが多いわね…」
私は結婚式に向けてやるべきことリストを見ながら呟いた。
参列者に関しては、家同士のパワーバランスを考慮してお義母様とお母様が決めてくださった。パーティーの参加者は、貴族家には広く招待状を出し、元Sクラスの3人も招待した。貴族だらけのパーティーで気後れするかもしれないが、少しだけでも顔を出してもらえると嬉しい。
結婚式まであと2ヶ月。幸せな当日を思い描き、いいことを思いついた私はセレン様の私室を訪ねた。
「セレン、少し時間はありますか?」
「もちろん、ララのためならいくらでも」




