間違い
それからの私は、毎日6時間以上を礼儀作法や社交スキルの習得のために費やした。もちろん、アカデミーの試験勉強も欠かさず続けている。セレン様がお越しになる日は時間が足りなくて、眠りにつくのが遅くなる日も少なくなかった。それでも絶対に努力をする時間を削ることはしない。こうして勉強して、努力すればいつかセレン様に相応しい婚約者になれるはずだから。そんな生活を半年以上続けていた。
「姉様、随分頑張ってレッスンを受けてるみたいだけど、無理してない?」
「えぇ、大丈夫よ。ちゃんと休憩もとっているわ」
「それならいいんだけど…姉様は元々あまり体が強くないから、ちゃんと食べて、寝ないとダメだよ?」
シェルファの気持ちはありがたいけど、今の私に必要なのは休憩ではなく1秒でも長い練習だ。
努力こそが全てで、それ以外に頼れるものは何もない。誰かに相談することは迷惑をかけることで、簡単に選んでいい手段ではない。そうやって自分を追い込みすぎた。
結果、より大きな迷惑をかけることになってしまった。
過労により倒れた私は、3週間の静養を言いつけられた。それを耳にしたセレン様は、訪問の先触れを出さずに、アカデミーから直接伯爵邸を訪れた。
「お忙しいのに申し訳ありません。この通り、大事には至りませんでしたから大丈夫で…」
「大丈夫じゃない!」
両手で頬を挟まれて、視線が一直線上に重なった。セレン様の赤い瞳に、自分の顔がはっきりと映る。間違えてしまったとすぐにわかった。
「ララはどうして全部1人で背負おうとするの、迷惑だとか思ったわけ!?ララが倒れたって聞いた時、どんなに怖かったかわかる?生きた心地がしなかった。大丈夫なんて言葉、簡単に使わないで!」
「ごめ、んなさい…ほんとにっ、もうしません、から…許して」
ぼろぼろと涙が溢れて、どんどん自分が情けなくなる。普段温厚で優しいセレン様が敬語を崩してこんなに語気を荒げるなんて。いや、優しいからこそ、こんなに私のために怒ってくれるんだ。何もかも、私が間違っていた。
私の涙が止まるのを待って、セレン様はベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「そんなに僕は頼りないですか?」
「そういうわけでは、ないんですが…セレン様はお忙しいですし、私はお隣に立てるほどの人間ではありませんから」
セレン様は心底不思議そうな顔をする。この人は自分がどれだけハイスペックな人間なのかわかっていないのだろうか。
「どうして?」
「どうしてって…自分のことが嫌いな人が、他の人を好きになれるはずないから、です」
「それは僕のこと?…だとしたら間違ってますよ。僕は自分のことが嫌いだけれど、ララのことは大好きだから」
「えっ…」
「今はまだ、わからなくてもいいです。でも、ララは誰にも譲れないのでそれだけは覚えておいてくださいね」
その日から3週間、セレン様はアカデミーが忙しいのをものともせず、毎日お見舞いもとい監視に来てくれた。
そして静養を終えた頃には、アカデミーの夏季休みに入っていた。私はセレン様と一緒に北のカートレッタ領を訪れた。そこは王都から馬車で3日ほどの距離で、避暑地として有名な場所。私たちは1ヶ月間、侯爵家の別荘で過ごすことになっている。
「今日は長旅で疲れていると思うので早く寝てくださいね。明日一緒に街を見に行きましょう」
「はい、楽しみにしてますね」
移動の馬車の中でも、こちらに到着してからも私の体調を1番に気遣ってくれる。せっかく誘ってもらったので、早く寝て体調を整えないとね。




