文官のお仕事
行政部1課、筆頭をヘリオドール様とするたった4人の組織である。私もその末席に加わることとなったのだが…
「資料は届け終わりました。他になにか私に出来ることはありますか?」
「今は特にないので大丈夫です。カートレッタ文官はゆっくり休憩してくださいねー」
「ウィルアイト様、そちらお運びします」
「んー?あぁ、大丈夫大丈夫。ありがとね。座ってお茶菓子でも食べてて…」
試用期間が始まって約1週間、ずっとこの調子だ。正式に1課への配属が決まっているとはいえ、まだまだ未熟な私に仕事を任せるのが不安だと思う気持ちはよく分かる。それでも、一員として何かしらの役には立ちたいという私の気持ちも無視はできない。
仕方がないので、ヘリオドール様の許可をいただいて書庫の整理整頓をすることにした。行政部の大きな書庫とは別に、1課専用の書庫もある。ここは1課の業務内容に沿ったより専門的な書籍が保管されているため、他の課の人たちの目に触れることはないが、貸出などで持ち出されることはあるらしい。
そんな1課の書庫の現状はお世辞にも整っているとは言えない。ヘリオドール様が1課の筆頭となられてから、1度も掃除をしたことがないというのだから当然だ。ウィルアイト様は、よく使うのは手前の方に積んであるから大丈夫だし…なんて言っていたが、乱雑に置かれたままではどこに何があるのか分からない。大体、この世界でまだまだ貴重品である本をこんなふうに扱うとは、元庶民の私の感覚では考えられない。この本1冊で庶民が半年普通に生活できるくらいだ。
よしっ!っと気合いを入れ直した私は、書庫の中央に見える大きなテーブルまでの道を拓くことにした。散らかっていた本たちをよけると、長年隠れていたであろう赤いカーペットが見えてきた。本を積み上げてタワーのようにし、着々と道を作る。
「全く、どれだけ放置したらこんなことに…」
作業の途方もなさに思わずこぼした独り言を拾った人がいた。
「…申し訳ないです」
「あっ、いえこちらこそ申し訳ございません!」
参考用の書籍を取りに来たヘリオドール様だった。上司であるヘリオドール様にこのような独り言を聞かれてしまうなんてとんだ失態である。謝罪した私にヘリオドール様は、いえ、整理してくれて助かります、とだけ言い残してまた戻って行かれた。
入り口の扉からテーブルまでの道を確保した私は、テーブルを綺麗に清めてから本をその上に乗せていった。整理整頓するにしても、作業できるスペースを確保しないことには何も始められない。
そして、本棚に入っているもの以外を全てテーブルに乗せた頃には、退勤の時間を迎えていた。最初から半日で終わるとは思っていなかったが、ここまで時間がかかるとも思っていなかった。
それから数日間、午前中は通常の業務をこなし、午後から書庫の片付けを行うのが私の仕事となった。
本棚に入っていたものも一箇所に集めて、ジャンルごとに分けてみる。前世の図書館などでよく使われていた図書分類法を参考にしてみたが、詳しい分類などは何も覚えていないので、自分で都合のいいように決めた。
分類名を記した札の作成をゼーランディア様にお願いし、自作分類法に従って本を棚に片付けていく。3日もかかった。
「カートレッタ文官、札が出来上がりました…って、おぉー!」
「ありがとうございます。あとで掲げますのでそちらのテーブルにお願いします」
10枚の木の札を中央の机に置いたゼーランディア様は、片付いたばかりの書庫の中をぐるりと一周見て回った。
「最初は何をしているのかと思っていましたが、これなら目的の書籍を探すのに手間取らなくて済みますね」
「そう言っていただけるとやった甲斐があったというものですね。あとはどの本がどこにあるのかを記してまとめたら作業は終了です」
本を床から拾い上げて分類し片付ける作業は思いの外重労働で大変だったが、残すは記録だけなので気はかなり楽だ。四角い、少し厚めの紙に書名、著者名、分類などを書き入れ、まとめる。この作業をしておけば、前世のように検索用PCがない今世でも、書籍の管理や位置の把握が行える。
「これはかなり画期的ですね。どのような手法で整理したのか、報告書の提出をお願いします」
「は、はいっ!」
出入り口のすぐ近くで私たちの会話を聞いていたらしいヘリオドール様は妙に真剣な表情をして言った。
もちろん、仕事の一環として行なったことなのでしっかりと報告書を記入するつもりだが、分類法はどこから、と言われると困る。東方の書を読んで、という言い訳は多用しすぎると怪しまれるからだ。かと言って、他人の成果を横取りして自分で考えた、と言うのは心苦しい。
「お疲れ様…」
「あっ、ありがとうございます!」
ウィルアイト様が淹れてくださった紅茶に口をつけて一息つく。まとめ作業はゼーランディア様が手伝ってくださったので、思っていたよりも早く終わった。これで書庫の整理は終了だ。
「よくやるよね…」
「えっ?」
「いや、試用期間なんて適当に先輩の指示に従っていれば終わるし、給料も発生しないのによくそこまで一生懸命になれるな、と思って。僕なら絶対に無理だね」
と言いつつ、決裁の手は止めないウィルアイト様に思わず笑みがこぼれる。そういうのは、もっと不真面目な人が言うことだ。説得力のかけらもない。




