新たな環境
王宮の一角にある行政部。王宮文官の中でも、花形と呼ばれる部署だ。
「こちらが行政部をはじめとする各部がある建物です。ひとりでたどり着けるように、ここまでの道は覚えておいてくださいねー」
「「「はいっ!」」」
文官としての試用期間に突入した私たち。簡単に言うならば、研修期間である。初歩も初歩、建物の位置から教えてもらう。
建物の2階にある行政部は、中央に大きな廊下が走っていて、その左右にたくさんの扉がある。それぞれの上司の元について、業務を行う。これが基本的な形式だ。
「ヘリオドール文官、新人をお連れしましたよー」
「あぁ、今日でしたか」
目の前のヘリオドール様は手を止めてメガネの縁を右手で持ち上げ、どうぞ、とソファを勧めてくださった。もう1人、側で作業をしておられた方も加わる。こちらは初対面だ。
「この後のことは全てヘリオドール文官にお任せしますので!それでは〜」
案内をしてくださった方はへらへらっと手を振って出て行かれた。ひとり残された私は仕方がないので挨拶をする。
「クララベル・カートレッタにございます…」
「お久しぶりです」
ヘリオドール様は、長く伸ばしたプラチナブロンドを肩に流している。いかにも、仕事ができそうな風貌だ。実際仕事ができる、というレベルではないのだが。困ったらヘリオドール文官を頼れ、なんて言われているくらいだ。
「本当に女性なんですねぇー」
「レックス、失礼だ」
「あ、すみません、つい…」
「いえ、大丈夫です。皆様が私を珍しいとお思いになるのも当然ですから」
史上初の女性文官、揶揄されない方が不気味だ。だからこれくらいのことは想定済み。
「失礼しました。こちらは私と同年に文官となった、ゼーランディア伯爵家のレックスです。部下ではあるのですが、幼馴染という関係ゆえ砕けた会話をすることが多いのでご承知おきください」
「レックス・ゼーランディアです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたゼーランディア様は、文官というより騎士に近い体格の持ち主だ。細身のヘリオドール様と並んでいるとなおさらそう見える。
「よろしくお願いいたします」
他にヘリオドール様を上司としておられる方が1名いるらしいが、今日はお休みとのこと。ご挨拶はまた後日だ。
「万能の天才令嬢様が1課にきてくれて良かったですよ。1課は行政部の中で1番忙しくて上司が鬼ですからねー」
「最後は余計だ。それに彼女はもう令嬢ではない」
「あぁっと、そうでした!失礼いたしました」
「いえ、どうかお気になさらず」
結婚式をして貴族たちに正式に公表したわけではないので、ゼーランディア様が間違っても仕方がない。万能の天才令嬢様と呼ぶのはやめてほしいが。
「それでは、今日からの業務について説明しましょうか。試用期間はレックスについて仕事の内容を把握してください。本格的に配属されたら、私から業務を振り分けることになります」
「わかりました…って、1課に正式配属なんですか!?」
先程説明と案内をしてくださった方は、試用期間で適性を見て、それぞれに合った課に配属される、と言っていた。まだ私はここに来てから何もしていないのに。
「えぇ、大きな声では言えませんがすでに決定しています。理由はわかりますか?」
「わ、わかりません…」
ヘリオドール様は眼鏡を外して机の上に置き、ふうっと息を吐いて言った。
「王立アカデミーでは貴族の令嬢として初の高等部進学、文官試験では難化したにも関わらず歴代最高点を更新。そしてアイドクレース公爵の愛義孫で、第1侯爵家、武のカートレッタの子息夫人でありながら、本人の生家は第1伯爵家、知のロザリンド。そんな人間をおいそれと他課に任せられるわけないでしょう」
完全に過大評価されている。期待が大きいと、応えられなかった時の失望が大きくなるので、できればそんなに期待はしないでほしい。私はアカデミーの中では優秀だったかもしれないけれど、日本ではそこまでできたわけではないし、他に致命的にできないことがたくさんある。
「要するに、稀代の天才で身分も高い人を下手なところに配属できない、という大人の事情によるものですねぇー」
「そ、うなんですね…」
理解はしたが、納得は諦めた。適切に私という人物を評価して仕事をさせてもらえるのなら、なんでもいい。
「それでは、実際に業務をこなしていきましょう。ここがカートレッタ文官の机になります。自由に使ってくださいねー」
「はい」
「主な業務内容を説明しますね」
ゼーランディア様の説明によると、私の業務は主に3つ。
①上司であるヘリオドール様が決裁なさった書類を使いに届けにいく
②必要な資料を取りに行く
③自分の担当業務を決裁する
③は正式に配属されてからの業務になるので、試用期間は他の2つを主にこなすことになる。
周りの人間がどれだけ丁寧な仕事をするかで、上司のパフォーマンスが変化することは、中等部の頃から続けてきた事業の中でよく理解した。縁の下の力持ちのような仕事こそが大切なのだ。
「大変だとは思いますが、明日からよろしくお願いしますね」
基本的な物の位置や1日のスケジュールを教えてもらって、日が暮れた頃に行政部を後にした。慣れない環境に身を置くことは決して得意ではないけれど、ヘリオドール様もゼーランディア様もお優しいから大丈夫。明日はもうひとりの方ともお会いできるはず。頑張ろう。




