高等部卒業式②
もう何もしなくても良いと分かっていても、遅れてやってきた震えが落ち着かない。全身の血液が沸騰しているかのように脈打って、呼吸も浅くなる。これが壇上で起こらなくて良かったと思うばかりだ。
「ララ、落ち着いて。頑張ったね、大丈夫、もう大丈夫だからね」
「…ご、めんなさっ…」
その後、卒業式が終わるまでの間ずっとセレン様が手を握ってくださったおかげで、ゆっくりと呼吸ができるようになった。正直、来賓の方々のお言葉は記憶に残っていない。
「いやー、やっっと終わりましたね!」
「しっ!あまり大きな声で言わない方がいいですよ」
ジュリオさんの声が、廊下に響き渡る。Sクラスから退場だったのでまだ周囲には誰もいないが、もしも誰かに聞かれていたら、少々まずいことになる。とはいえ確かにとても長かった。初・中・高等部が合同で行う式なので仕方がないといえばそうなのだが。ルードラさん以外の、私を含む3人は苦笑いしかできない。
4年を過ごした高等部の教室に入ると、それぞれの机の上に花束や手紙などが山状に積まれていた。もっと言うならば、置ききれず教卓の上にまで溢れているのだ。私を含め、みんなどういう状況なのか理解できずにいる。
「えっと、これは…」
「どうやら在校生たちからのようですね」
自分の机の上にあった手紙を裏返して送り主を確認したアドベイラが言った。
「それにしても大変な量ですわね。直接お話ししたことのない方も混ざっているようですし」
「そうですね。持って帰るのが大変です」
今日で寮から出る3人は特に持ち帰るのが大変だろう。手紙だけならまだしも、花束まであるのだから。
とりあえずこれらの贈り物は後でゆっくり見ることにして、今は残り少ない5人で過ごせる時間を大切に使うことにした。決して、これっきり会えなくなるわけではないけれど。
「今回こそ、本当に離れ離れですね…」
「そうね…仕方がないことだけれど、寂しくなるわ」
セレン様は第1騎士団員に、私は行政部文官に、ジュリオさんも行政部文官、ルードラさんは王都で医師見習いに、アドベイラはロザリンド伯爵領で教師になる。みんなそれぞれ、自分が決めた場所で頑張ることになるのだ。
「アドベイラ以外は王都にいるので会おうと思えばすぐに会えますけどね。ロザリンド伯爵領も半日くらいの距離ですから、そこまで遠くはないですし!」
「確かにそうですね。ララのためにも定期的に会いにきてあげてください」
「それはもちろんです!」
卒業して、どんなに忙しくなっても連絡はとり続けるつもりだ。私にとって、アドベイラは大切な初めての友達だから。
「せっかくですし、どこかでお酒を飲みませんか?」
「いいですね!ぜひ行きたいです」
ルードラさんの提案に全力で乗っかる私。やっと成人してお酒を飲めるようになったのだから、1度くらいはSクラスのメンバーで飲み会をしたい。
「賛成です!」
「行きましょう!!」
「今日くらいはいいですよね?セレン様!」
「…仕方がないですねぇ」
普段は私が侯爵邸と伯爵邸以外で飲酒することに反対しているセレン様も、高等部の卒業式という特別な今日に限っては許してくれた。
「やったぁ!お店はいつも僕が行くところにしましょう!!」
「いいですね!あのお店のミートパイは絶品ですから」
「ヴェラ、護衛の配備をお願いね。いくら比較的安全な王都とはいえ、護衛なしでセレン様を歩かせるわけにはいかないわ」
「かしこまりました」
開いた扉の影からヴェラの声が聞こえたので、飲み会の計画はどんどん進んでいく。まだ飲み会を始めるには早すぎるので、関係のない世間話や思い出話に話題は移っていくのだが。
それから1時間ほど経って、セレン様の従者が教室に入ってきた。
「ご歓談中に失礼致します。『アンザレア』と護衛の手配が完了いたしました」
「あぁ、ありがとう」
ジュリオさんとアドベイラの行きつけである「アンザレア」は、アカデミーからそう遠くない場所にある食事処だ。徒歩で15分というところだろうか。低価格でお腹いっぱい食べられる、とアカデミーの寮生をはじめとする若者たちに人気の店だ。そんな店の予約を卒業式の当日になってから取るなんてとても難しいはずなのに、さすがはカートレッタ侯爵家の使用人だ。
窓から差し込む光が影を長くするようになった頃、私とセレン様はそれぞれ化粧室で、他の3人は自分たちの部屋で、目立ちにくい服に着替えた。
アカデミーの制服で王都を歩くのは特別目立つことではないが、私たちの制服は高等部用で、Sクラスを表す紫のリボン、ネクタイをつけているのだ。さすがに人の目を引いてしまう。
私はオフホワイトのブラウスに桜色のロングスカートを合わせる。焦げ茶色のブーツを合わせて髪をポニーテールに結ったら、町娘風コーデの完成だ。と言っても、商家の娘くらいには見えるのだろうが。
こうして私たちは、密かについてきている護衛たちと共に夕方の王都へと繰り出したのだった。




