噂駆け巡る誕生会③
「ララ、少しいいかな」
「は、はい、大丈夫ですよ。皆様、少々失礼いたしますわ」
テーブルの皆さんにひと声かけてから席を立ち、セレン様のエスコートに従って歩く。目的はヘリオドール公爵様だったらしい。
「閣下、先ほど話していた妻のクララベルです。何度かお会いしたことはあるかと思いますが、改めてご挨拶を」
「ご紹介に与りました、クララベル・カートレッタにございます。ご子息様には日頃からお世話になっております」
紺のオーバースカートをつまんでゆっくりと礼をした私は、公爵様の髪色を見て、ヘリオドール文官と同じなんだな、と思った。
現ヘリオドール公爵様は、王宮文官のトップ、つまり宰相であられる。私が合格した行政部のトップはジニア様のお父様だったりするのだが、そんな各部のトップを取りまとめる存在こそが宰相様だ。
そして、ヘリオドール公爵様の次男様は、行政部の文官で宰相補佐官も兼任しておられる。また、私が陛下より賜った政策の担当者でもあるのだ。いつも私の粗い計画書を隅から隅まで読んで添削してくださる、厳しくも仕事ができる方である。ちなみに、ご本人はお仕事でお忙しい為に欠席だ。
「あなたが噂の…倅からお話は常々。優秀な方を迎えられてカートレッタ侯爵家も安泰ですな」
「お褒めに与り光栄です。来春からは行政部の文官としてもお世話になる予定ですので、今後ともよろしくお願い致します」
その後も公爵様とお話をしていると、我が家の使用人が声をかけに来た。国王陛下が到着なさったそうだ。
お待たせするような無礼があってはならないので、公爵様に断ってからエントランスホールへと急いだ。私の緊張を察してか、セレン様も後ろからついてきてくださる。
「国王陛下ならびに王妃殿下、本日はこのようなところにまで足を運んでいただきありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はいらない。クララベル嬢、誕生日おめでとう」
「遅れてしまってごめんなさいね」
深々と礼をした私たちに姿勢を戻すように仰った陛下は、王宮文官試験の合格と結婚に対してもお祝いの言葉を下さった。
おふたりが会場へ入られると、招待客は静かになり、一糸乱れぬ所作で礼を尽くした。陛下がすっと右手を示されると、ざわつきが戻ってくる。
「伯爵令嬢の誕生会に陛下が…!?」
「侯爵令息夫人としても破格の扱いだ」
「王太子妃にという話は本当だったのか!」
「彼女は『万能の天才』だな」
最後の発言に関しては、本当の『万能の天才』様に対して申し訳がなさすぎるので聞かなかったことにする。そもそも、私は天才ですらないのだ。
「遅くなってすまないな。もう少し早く来るつもりだったのだが…」
「アイドクレース公爵様、お待ちしておりました。遠路はるばるありがとうございます」
お祖父様は最近膝を痛めたらしく、茶色い杖をついて現れた。初めてお会いしてから4年以上が経ち、お年を召したが、その権威は健在である。その証拠に、招待客の多くは信じられないという顔をしている。
「孫の誕生会に顔を出さぬ祖父がおるものか。試験の合格祝いも、結婚祝いも直接できておらぬというのに…」
「お気持ちだけで嬉しいですわ。さぁ、お席をご用意しておりますから、どうぞお座りください」
戸籍上本当の祖父ではないが、ことあるごとにお時間を頂戴して相談をしたり、贈り物をいただいたりしているので、血の繋がり以上に強い繋がりがあると思っている。そんなことをつゆほども知らない招待客たちは、大物ゲストと親しげに話す私から目を離せないようだ。
「なんだか注目されていますね…」
「陛下と妃殿下、私がいるのだから当たり前であろう。半分は、クララベルとお近づきになりたいという下心がある奴らだろうがな」
会場前方に設けられた円卓は、国王夫妻とお祖父様、私とセレン様で囲んでいる。国のトップの方々と面しているという緊張と、招待客たちからの探るような視線のせいで、ティーポットを持つ手が震える。
「ララ」
それに気づいたセレン様は私の手からポットを受け取って、皆様のカップに注いで下さった。私が不甲斐ないばかりに、そのようなことをさせて申し訳ない。
「すみません、ありがとうございます」
「いや、これくらいはどうということないから」
小さな声で話していると、お祖父様が、そこ、2人の空間を作るでない、と口を挟んだ。無意識下の行動を指摘されたので少し恥ずかしく思っていたのだが、王妃殿下がふふっと笑ってくださったのでよしとする。
「春からは文官か。私が薦めたとはいえ王宮勤めさせるのは間違いだったかもしれん」
「そ、それはどういう…」
「王宮には私の孫らを引き裂こうとする奴がおるでな」
お祖父様は陛下の方を一瞥してからカップに口をつけた。一体どういうことだろうか。
「大叔父上、もう諦めましたゆえお許しを」
「本当だろうなぁ。もしものことでもあろうものなら、老体に鞭を打って国家転覆ものだ」
「お、おおおお祖父様!?」
お祖父様のトンデモ発言に、思わず大きな声が出た。カートレッタ侯爵令息夫人として相応しくない振る舞いを恥じたが、これは仕方がない気もする。
「冗談だ」
「それにしても度が過ぎていますがね」
全くもってセレン様の言う通りだ。お祖父様以外の人が言葉にしようものなら、即刻内乱罪で牢獄行き。
「大叔父上を敵に回したくはありませんからね。それに、お互いを思い合う2人を引き裂くなんてことはできないですよ」
臣籍降下されているとはいえ、元王族であるお祖父様に意見できる人物はこの世界に数えられるほどしかいないだろう。そこに国王陛下が含まれているのかは、謎である。
[補足説明]ベスビアナイト王国の政治の仕組み
政権のトップは国王で、その補佐役として宰相という職があります。そして、国王や宰相から下された政策に関わる手続きや業務を実際に行うのが行政部などの各部です。




