社交スキル
今日はデートをしてから初めてセレン様とお会いする日。いつもはセレン様が伯爵邸に来てくれるのだけれど、今日は侯爵邸にお伺いする予定になっている。お義父様とお義母様には、婚約が決まった時に顔合わせしたらしいけれど、覚えていないので初対面ということになっている。
「ヴェラ、何か、何か持っていった方がいいよね!?」
「ララ様、焦りすぎです。もちろん、ご用意してありますよ」
ごめんなさい、少し落ち着きます。
前回のデートの日と同じくらい気合を入れて支度をしてもらったけれど、どこかおかしいところがないか不安。姿見の前でくるっと回ってみる。うん、多分大丈夫。
「お嬢様、そろそろ出発のお時間です」
初めての人に会うという理由で緊張しているのももちろんだけれど、その人が婚約者の親御様だからなおさらだ。お義父様は現役の第一騎士団長で、剣聖と呼ばれるお方。お義母様は社交のスキルがとても高い方で、礼儀作法からダンス、話術まで完璧と称されている。どちらもヴェラ情報だけれど。
最初のご挨拶を失敗したらどうしようとぐるぐる考えている間に侯爵邸に到着してしまった。
セレン様がエスコートしてくれて、応接室に通される。おふたりがソファに腰掛けて私の方をじっと見つめている。
「お、お初にお目にかかります。クララベル・ロザリンドと申します」
あんなに挨拶の練習したのに初っ端から詰まってしまった。淑女の礼はそれなりに綺麗だったはずなので許していただけないでしょうか…?
そっと様子を伺いながら顔を上げると、
「初めまして、クララベル嬢。ようこそ我が家へ、歓迎するよ」
「来てくれるのを楽しみにしていたのよ、ゆっくりしていってちょうだいね」
と微笑んでくださった。セレン様と同じ、花が咲くような優しい笑顔だ。さすがこの国で権威のあるおふたり。強者の余裕を感じる。
「ララ、挨拶も済んだことですし、座ってください」
「はい、失礼いたしますっ」
「ふふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ララの家になる場所なんですから、もっとリラックスしてくださいね」
セレン様はそう仰るけれど、余計に緊張してしまう。これ以上失態を重ねないようにしないと… 落ち着いて、深呼吸をして。
「以前とは随分雰囲気が違うけど、今の君ならセレンが入れ込んでいる理由がわかるよ」
「そうですわね、高嶺の花、完璧令嬢というイメージが強すぎましたから」
私の隣でセレン様が何やら慌てているけれど、なんのことやら分からない。そんなに私の方を見られましても…
「仲が良さそうで何よりだよ。じゃあ、そろそろ私たちは失礼させてもらおう」
「は、はいっ。お忙しい中お時間を作ってくださり、ありがとうございました」
おふたりが退出されて、いつもの空気が戻ってくる。セレン様はからかうような笑顔でこちらを見てくる。
「緊張しすぎだよ、ララ。結婚したら家族になるんだから」
「そうなんですけど、初めてお会いするのですから緊張するのは当たり前です」
セレン様のお菓子をいただきながら、お互いに勉強を始めた。セレン様はアカデミー初等部の課題を、私は中等部の入学試験勉強を。セレン様は初等部では首席を守り続け、お義父様の指導によって剣術もかなりの腕前なんだとか。まさに文武両道を絵に描いたような人だ。
それに引き換え私は勉強は苦手ではないものの、社交スキルは全くで、礼儀作法も勉強途中。恵まれた容姿くらいしか褒められるところはなく、セレン様の婚約者でいてもいいのか時々不安になる。
「ララ、今よくないこと考えてましたよね?」
「え…」
セレン様は私の心の中を読み取る能力でも持っているのだろうか。悪い方向へ思考が向くと、セレン様に指摘されてストップさせられる。それが今の私が自己嫌悪に陥り、壊れてしまうのを回避している理由の一つだ。
「何を心配しているのですか?ほら、手の力を抜いて、爪の跡がついてますよ」
「少し、自分の出来の悪さに、不安になっただけです…」
そう、ただそれだけ。セレン様が気にするほどのことではない。この程度の不安、まだ耐えられる。
「何が不安なのですか?」
「いえ、セレン様のお手を煩わせるほどのことではありません。大丈夫です、自分で解決しますから」
こんな悩み、相談したって迷惑になるだけ。解決するには私が努力するしかないのだから。
「そうですか…深入りはしませんが、いつでも相談にのりますからね」
「ありがとうございます」
セレン様はいつも優しい。優しいからこそ、心配はかけたくないし、弱い自分を見せて迷惑をかけたくない。努力をして、自分に自信がつく日まで、この不安は私の中で燻り続けていたらいいんだ。




