柘植のおぐし
つやつやになーれ、つやつやになーれ。
真っ白な雪が積もっちゃったのを溶かすように、わたしの力をわけてあげる。
つやつやになーれ、つやつやになーれ。
ぴしっとなるくせに、どんなに力をわけてあげたって昔みたいな闇夜の色にならないのはちょっぴり悔しい!
つやつやになーれ、つやつやになーれ……。
「さぁ、これぐらいかしら?」
ふわふわと揺れる綿毛。
わたしはお行儀よく座って、ゆみこちゃんの頭を見上げる。
うんうん、きれいになって、手触りもいいや! 満点の出来映えー!
「今日もありがとうね」
ゆみこちゃんがわたしを撫でてくれる。
お礼の言葉もいただいちゃいました!
えへへ、と嬉しくなったわたしに笑いかけてくれたゆみこちゃんは、今日もおしゃれをして元気におでかけです!
ゆみこちゃんは、わたしに丁寧に接してくれる、優しい人。
五十年も前のこと、ゆみこちゃんの旦那さんがわたしを連れてきてくれた時、とても嬉しそうにしてくれたの。
その笑顔が、今でもわたしの中に残ってる。
いつまでゆみこちゃんといられるのかな。
わたしの方が、ゆみこちゃんよりずうっと寿命が短いの。
今もまだ生きているのは、ゆみこちゃんがわたしのことを丁寧に扱ってくれているから。
そんなゆみこちゃんが、わたしは大好きです。
だからゆみこちゃん、もっともっと、わたしと一緒にいてください。
わたしが壊れてしまった時は、わたしのことをきっと惜しんでください。
◇
つやつやになーれ、つやつやになーれ。
真っ白な雪が積もっちゃったのを溶かすように、わたしの力をわけてあげる。
つやつやになーれ、つやつやになーれ。
あらら、髪が絡まっているよ。ゆっくり丁寧にほぐしてあげてね。
つやつやになーれ、つやつやになーれ……。
壊れ物のように、誰かがゆみこちゃんの髪をとかしているよ。
ゆみこちゃん、今日もおしゃれだね。
真っ白なお着物がとても似合っているよ。
ふわふわと揺れる綿毛。
うんうん、きれいになって、手触りもいい。
満点の出来映え、だけど。
ゆみこちゃんは、いつもみたいにお礼を言ってくれない。
いつもみたいに笑ってくれないよ。
ゆみこちゃん、ゆみこちゃん。
白い箱に入ってどこ行くの?
あっ、わたしも入っていいの?
眠るゆみこちゃんの枕元。
わたしも一緒に眠っていいのかな。
◇
つやつやになーれ、つやつやになーれ。
ゆみこちゃんの髪を綺麗にするのは、柘植の櫛のお仕事です。
天国でもきっと、わたしはゆみこちゃんの手のひらにありますよ。
だから心安らかにおやすみなさい───。