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07 破壊の魔導師

「本当に、彼一人に任せてしまってよろしかったのですか」


 ルフェニラ魔術学園の学園長室にて、レオナルドの秘書は上司に尋ねた。

 彼女は今、例の少年の編入手続きを完了したところだった。ラースが魔導師であることを知っているのは、学園長とその秘書である彼女のみ。必然的に、諸々の裏工作は彼女がする羽目になったのだ。

 今日一日の仕事が終わり、机に伏しているレオナルドに淹れたての紅茶を差し出す。前例のない編入生について、教頭とラースの担任教師と先ほどまで相談していたのだ。

 レオナルドは「ありがと〜オトリー君」と疲れた様子で紅茶を飲みながら、秘書の質問に答える。


「結構直球に聞いてきたね。彼は魔導師なんだし、信用しても良いと思うよ。ちょっと過激なのはよろしくないけど」


 オトリーは困ったように眉尻を下げ、心配するように言った。


「彼の実力は理解しているつもりです。しかし、いくら魔導師とはいえ、まだ彼は子供ですよ? 私より身体も小さかったですし。報道されていた破壊の魔導師とは真逆の印象でした。十六歳になるばかりの少年に、凶悪犯罪者を一人で捕まえるなんて、危険では……」


 彼女は昼間に会ったラースを思い出す。十六歳の少年としては小柄な身体に、不健康な顔色。同年代の少年と比べたら発育が悪い部類だろう。

 新聞や人々の噂でイメージされている、大男で凶暴な人物と同一だとは思えない。性格は小生意気で少々過激かもしれないが、あの年齢の許容範囲内だ。

 不躾な発言だとは理解している。それでも、オトリーは、ラースが巷で噂の最年少魔導師と信じれらなかったのだ。

 彼女の心中を察してか、レオナルドはティーカップを置いて言った。


「オトリー君の気持ちはわかる。私だって、たかが十三歳の少年が、魔導師になったなんて最初は信じられなかったさ。当時ヘルメスを呼び出して、一目で良いから件の最年少魔導師に会わせてくれと懇願したくらいだ。この目で確認しなければ、納得できなかったんだ」


 レオナルドは椅子の背にもたれかかり、遠い昔に想いを馳せるかのように話した。


「ある日、ヘルメスが折れてくれてね。対面することはできないが、一度だけ、仕事中の様子を見せてくれたんだ。あ、仕事といっても、犯罪組織との戦闘中にお邪魔したわけではないよ? 魔導省で魔術の戦闘データを集めているところを見学させてもらったんだ。最初は少し不満だったけど、結果的に、それで十分だったよ」


 レオナルドは少し間を空けてから、続けた。


「ラース・バルトは、己の魔術を一切使用せず——ただ一瞥するだけで、他者の魔術を破壊していたんだ」


*****


「は……?」


 オリバーは目を疑った。

 目の前の命知らずの少年を蜂の巣にしてやろうと、いつもの魔術——それも、十八番の特級魔術を発動した時だ。

 空中に展開した無数の氷の刃が、全て砕けた。

 氷の刃が砕けただけならまだ良い。まだ理解できる。

 だが、全く同じタイミングで、己が持っていた魔杖すらも破壊されたとはどういうことだ。


「——なんで」


 木屑となった魔杖の残骸に、一瞬思考が止まる。

 オリバーの杖は特別な代物だった。そこらの結界より硬く、魔術も物理的衝撃も通じないように作られていた。更には、複雑な魔術式が内部に施されており、魔術師の代わりに煩雑な計算を代行し、魔術発動の大きな時間短縮に役立っていた。

 下手な城よりも価値のある愛用の魔杖が、無惨な姿になり、オリバーは少なからず動揺していた。


「お前! 一体何をした!」


 オリバーは声を荒げて、ラースに敵意を向けた。

 彼が只者ではないことは、長年の勘で薄々警戒していた。だからこそ、先手を打ったのだから。

 だが、少年の実力はオリバーの予想より遥か上であった。

 背後を向いていたラースがゆっくりと振り返る。その目は、仄かに赤く染まっていた。


「ハッ。杖に頼って魔法陣の展開を自力でやらねーからだよ。氷柱の魔術の構成を破壊したら、アンタの代わりに計算をしていた魔杖が連動して壊れただけだ」


「なっ……そんなことできるはずがない!」


 オリバーは手を前に出し、すかさず魔法陣を展開した。今度は炎の矢を出すつもりだ。


(魔術の構成を破壊すること即ち、他人の魔術に干渉すること! そんな神業、こんな小僧ごときにできるはずがない!)


 魔力は波として考えられ、一人一人固有の値を持っている。

 つまり、魔力は人によって違い、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 そのため、他人の魔法陣をそっくりそのまま使っても、同じ魔術は発動せず、不発もしくは別の魔術が発動する。魔道具もまた然りで、己の魔力に調整した代物は他人が使っても同様の効果は得られない。先ほど破壊されたオリバーの杖も、彼の魔力に調整した物だった。


 もし、目の前の少年の言っていることが本当だとしたら。

 展開した魔法陣から魔力の値を逆算し、そしてその魔力の値を元に魔法陣の綻びや穴を見つけ、己の魔力もしくは魔術を叩きつけた事になる。

 一連の流れにどれほどの計算量、知識が必要になるのか。長年生きたオリバーですら検討もつかない。そもそも、理論上は可能であっても、実践できるのかどうかすら疑わしいかった。

 それを、まさか目の前の子供ができるわけが——と、固定観念に囚われた思考が、ふとある噂を思い出した。


 それは彼がオリバーとも名乗らず、神都で違う悪事を働いていた頃。

 三年前を境に、裏社会の魔術師達からある魔導師が恐れられ始めた。

 目を付けられたら最後。己の身体に刻んだ魔術ですら破壊され尽くし、廃人になるまで徹底的に壊されるとのこと。

 彼らにとって天敵とも呼ぶべき魔導師の名は、なんと国中を騒がしたあの若き天才少年のそれだった。

 わずか十三歳で魔術師の栄誉を授かった彼は、確か、今は十五、六。

 ちょうど、目の前の少年と同じ年頃で——


「———」


 最悪の想像をし、顔中から脂汗が滲み出る。

 反射的に大量の炎の矢を発動させてラースへ降り注ぎ、すぐさま踵を返す。と、同時に、待機している男達に叫んだ。


「おい! 撤退だ! すぐにここから逃げるぞ!」


 路地裏にかけた結界をすぐに解除させ、オリバーは大通りへと走った。閉じ込めた少女が混乱している様子だったが、そんなのに構っている余裕などない。

 部下の男に足止めをしろと指示を出し、オリバーはローブに隠していた羊皮紙を震える手で握りしめた。


(まさか。そんなはずがない。そうだ、そんなことがあって良いはずがない)


 オリバーは心の中で祈りを捧げるも、神まで届かなかったようだ。

 彼にとっての絶望が、背後から嘲笑った。


「逃すわけねえだろ」


 直後、爆発音が耳を擘く。黒い煙が路地裏に充満し、視界が悪い。顔を上げれば、結界が張り直されていることに気がついた。

 閉じ込められたと舌打ちをし、なんとか脱出しようとした考えた時、不意に彼の身体に激痛が走った。


「——がはっ!?」


 オリバーは思わず胸を押さえ、その場に蹲った。

 目の奥がチカチカと点滅する。シワ一つない瑞々しい手が、老人のようなシワだらけの物に変わる。頬を触れば、乾燥し弛んだ肌の感触。心なしか身体が重く、息苦しい。

 オリバーにはこの感覚が老いた人間のそれだと知っていた。本来の己の年齢に近い身体に、彼は泣きそうな顔で首を振った。


「そ……そんな、私の幻術が。ようやく手に入れた、若い身体が」


 他人の視覚はおろか己の脳さえ騙す幻術が解かれたことに、オリバーが深い絶望を覚えていると、遠くから呆れ返った声が聞こえてきた。


「おいおい、それが本来の姿ってことか。ヨボヨボの爺さんじゃねえか。サバを読むのも大概にしろよ」


 近づいていくる足音に、オリバーは顔を上げた。煙の中から現れた人物に、ありったけの殺意を向ける。


「——かつて、耳にしたことがある」


 喉奥からひしゃげた声を絞り出し、恨めしげに話す。


「三年前、国中を騒がした天才魔導師。普段は顔を隠して活動している若き天才は、()()()()()()()()()()()特別な目を持っていると」


 通常、人の目では魔力を感知できない。

 人間の目が光として感じる波長の範囲には限界があり、魔力は誰であろうとその範囲外の値を取っているのだ。そのため、空気が目に見えないように、魔力も同様に可視できないと考えられている。

 裏を返せば、光として認知できる波長の範囲——可視域が広ければ、魔力を感知することが可能だとも言える。

 では、どうやったら可視域が広がるのか。

 答えは単純。

 眼球の神経を増やせば良いのだ。


「自分の眼球に疑似神経を刻み込んだイカれた子供に、裏社会の魔術師は恐れたさ。魔術師の生命線である、魔力値が筒抜けになるのだからな」


 オリバーは噛んだ唇から血を流し、ゆらりと立ち上がった。


「その目を利用すれば、わざわざ魔法陣から魔力の値を逆算する必要がなくなり、演算量が減る。短時間かつ複雑な他者の魔術に干渉することが可能になり、容易に魔術を破壊できる。……皆、口を揃えて言っていたさ。目隠しをした、もしくは()()()の子供には気をつけろと」


 目の前の赤い瞳の少年を睨んで、懐から切り札の羊皮紙を取り出した。


「お前があの破壊の魔導師——ラース・バルトか!」


 オリバーの問いに、破壊の魔導師は不敵な笑みを浮かべた。


「さあて、どうだが。俺様が答える義理はねえな」


 ラースは余裕そうな態度に、オリバーの頭に血が上った。

 彼は間髪入れず羊皮紙に魔力を流した。それには自爆の魔法陣が描かれている、自害用の爆弾のような代物だった。


「くたばれ、ラース・バルト!」


 オリバーは決死の覚悟で、ラースを道連れに自爆を——


「させるわけねえだろ」


 ラースは見るまでもなく、人差し指で横に一線を引いた。風の魔術だった。

 瞬間、ガラスが砕かれたような音が響き、オリバーは呆然と呟いた。


「——そ、そんな……」


 恐る恐る手元を見れば、持っていた羊皮紙がパックリと二枚に裂かれていた。描かれた自爆用の魔法陣も真っ二つにされ、これでは使用できない。

 決死の覚悟がただの初級魔術に打ち負け、オリバーは力なく項垂れ、そのまま気絶した。先程で魔力を全て使い果たしたのだろう。

 ラースは彼の首に魔力を流し前後の記憶を混濁とさせたあと、路地裏に張っていた結界を解いた。

 すると、大通りから大勢の人の声と足音が聞こえてくる。見張りの男達が焦った様子でその場から逃げ出しており、憲兵が来たのだとラースは推測した。


(潮時か)


 ラースはオリバーを地面に転がしたまま、煙が晴れる前にその場から離れる。


(しかし、目を使うとすぐに正体がバレるな。今後は、できるだけ隠しておかねえと)


 ラースは頭を掻き、ため息を吐いた。


(面倒臭えな。……昨日今日で色々ありすぎて疲れた。とりあえず、レオナルド学園長に報告してから宿に帰るか。制服とやらも必要だし、明日には用意してもらうようにかけ合って——)


 ぶつぶつと考え事をしながら、ラースは路地裏から姿を消す。


「おーい! 待ってくれ! 置いていかないで!! 私を助けてくれぇ!!」


 ……一部始終を見ていた、結界に閉じ込められた少女が未だ助けを求めているのもすっかり忘れて。

 破壊の魔導師の学術都市での初任務は、終了した。


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