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05 学園長との取引

「わお! 本物のラース・バルトだ! しかも超貴重な素顔! 初めて見た! 俺ってツイているー! 娘に自慢しちゃおーと!!」


 ルフェニラ魔術学園の学園長室にて。ラースは来客用のソファに座り、目の前の男からハイテンションで歓迎されていた。

 もう五十を過ぎていると聞いたが、実年齢よりも外見が若々しい、どこか愛嬌を感じさせるブロンドの男。

 彼の名は、レオナルド・エスティ・ギーク。ルフェニラ魔術学園六十七代目の学園長であり、ヘルメスの学生時代の先輩だった。


「いやー! 真夜中にヘルメスから手紙が届いた時はどんな無理難題を押し付けられるかと思ったけど、まさかこんな有名人に会えるなんてラッキーじゃん! たまには後輩のお願いを聞いてみるもんだねー」


 ははは、とレオナルド快活に笑った。学園長らしかぬ軽薄な態度に、ラースはげんなりと疲れ切った顔をしていた。


(帰りてぇ……)


 彼は神都にある家に思いを馳せた。その目の下には濃い隈ができている。ラースは文句も言えぬほど、体力がなくなっていたのだ。

 あの後、ラースが私服に着替え終わると、夜間であるにも関わらず、すぐさまラプラスへと移動させられた。ヘルメスが急遽用意したは()()深夜馬車特急便であり、目的地まで最短距離で空を爆走する代わりに、荒れた運転のせいで眠れないと有名な移動手段であった。

 基本どんな場所でも眠れるラースでも、流石に昨晩は一睡もできず、寝不足のままレオナルドと対面することとなったのだ。


(眠い。寝たい。腹減った。さっさと宿に泊まりたい。なんで宿に泊まるにも学園の許可書が必要なんだよクソが。ああ、もう嫌だ。帰りたい。そもそも学園になんか通いたくねえよ。家に帰って飯食って風呂に入ってベッドに潜りたい……)


 既に眠気と空腹が頂点に達しており、ラースの頭の中は原始的な欲求でいっぱいだった。

 彼がこうなってしまったのは、学術都市の防犯意識の高さが原因だ。

 ヘルメスが言った通り、彼が用意した手紙を門番に渡せば、ラプラスに入ることはできた。だが、宿やその他施設を使用することは許されず、またもや馬車(今度はプライベートな高級車)に乗せられ、一直線でルフェニラ魔術学園まで運ばれたのである。

 おかげで、昼頃ラプラスに到着したラースは、昼食はおろか朝食すら取れずにいた。その上、寝不足である。

 正直、限界だ。さっさと学園長との話を切り上げて、宿を取って飯を食べたい。腹が膨れたあと横になって寝たい。レオナルドに疲れたことを話せば、彼は配慮してくれそうだが、それはラースのプライドが許さなかった。ラースはなけなしの理性をかき集め、普段の態度を取り繕い、魔導師としての体裁を整える。


「アンタがレオナルド学園長だな? ヘルメス課長から話は聞いているだろうが、改めて自己紹介だ。俺様はラース・バルト。訳あってしばらくの間、世間から身を隠すことになった。貴公の協力に感謝を。これから世話をかける」


「……っ!」


 レオナルドは両手で口を抑え、感動したように目を見開いた。


「本当に一人称『俺様』なんだ……! すごい、感動……!!」


(……帰るか)


 ラースが無言で腰を浮かせると、レオナルドが慌てて引き止める。


「す、すまない、ラース殿! 少し年甲斐もなくはしゃぎ過ぎてしまった。悪かった、悪かったから、無言で帰ろうとしないで!」


 レオナルドの訴えなど無視して本気で神都に帰ろうと思ったが、すぐさま集めた理性が「このまま戻ったら面倒なことになる」とストッパーをかける。聞こえるように舌打ちをして、ラースは渋々とソファに腰掛けた。


「随分な浮かれ具合だな。そんなに俺様のことが珍しいか」


 レオナルドはラースの嫌味に怒るどころか、むしろ爛々と目を輝かせた。


「当然さ。魔術を学んだ者は、誰しも一度は魔導師に憧れるものだ。エリートである国家魔術師ですら足元に及ばない、魔術の頂点に君臨する化け物集団。その中でも、ある日突然颯爽と現れ、たった十三歳で魔導師となった人物が目の前にいれば、興奮するのも当たり前だろう?」


 レオナルドは懐に手を突っ込むと、内ポケットから朝刊を取り出した。魔術で縮小されていたそれを元のサイズに戻しながら、ラースの目の前に広げる。


「見てくれ。今日の朝刊だって、君のことでいっぱいだ。一緒にいたヘルメスや騎士団の活躍なんて君のついでにしか書かれていない。これだけ、世間は君に関心を持っているということだ」


「ああ、そうかい。それは嬉しいねえ。街を半壊させた批判記事がこーんなにでかでかと載るなんて、俺様もすっかり有名人だな」


 ラースは新聞の一面を一瞥し、鼻で笑った。

 記事の見出しには、「破壊の魔導師ラース・バルト、またもや大暴れ。住人は怒りの涙」と書かれていた。昨日の任務の際、街を半壊させたことについて、住人が涙を流しながらラースの行いに不満を訴えるという内容だった。


(被害が出ねえように、こっちも最大限の配慮をしてるっつーの。死人が出なかっただけマシだったていうのに、善良な市民様というのは強欲だこと)


 記事に対しての愚痴は心の内に留め、ラースは話を進めた。


「それで、何が言いたいんだ? こんな嫌われ者を匿ってやるんだから、それ相応の報酬を寄越せってことか?」


 レオナルドは「まさか!」と首を横に振った。


「そんな、恐れ多い。ただ私は、君との認識をすり合わせたいだけだ」


 彼は穏やかな笑みを浮かべたまま、広げた新聞を小さな四角に畳んでいく。


「三年前、最年少魔導師として名を馳せ、今もなお世間から注目され続けている、天才少年ラース・バルト。彼は魔導師にしては珍しい農村出身で、大の貴族嫌い。度々問題行動を起こし、巷を騒がしている人物の一人だ。そんな彼の挑発的な言動や滅茶苦茶な魔術スタイルから、ついた字名は『破壊の魔導師』。常識破りの若き魔導師の登場は、我々教師陣でも意見が別れて議論するぐらい、異例の存在だ」


 朝刊が手のひらサイズの正方形になると、パンッと乾いた音を立てて両手で隠した。そして再び手が開くと、入れ替わるように一封の手紙が現れた。


「もちろん、そんな君の経歴をそのまま使うわけにはいかない。それは、重々承知しているね?」


 レオナルドは優雅な仕草で手紙をラースに差し出す。ラースは手紙に天馬が描かれた赤い蝋印が押されているのを確認した後、人差し指で横に一線を引いた。風の魔術で封を切ったのだ。

 中には戸籍を記した紙と、ラプラスの滞在許可証が入っていた。左下に、役所で正式に発行されたことを示す判子が押されている。

 ラースはそれを読みながら、レオナルドに言った。


「言われなくても。正体を隠すためにここにいるんだからな。そんで、これが準備した偽の身分か」


「ああ。名前はラース・ハイドラゴン。父親は男爵、母親はその屋敷に勤めていた下働き。貴族の血が流れているが、隠し子だったため身分は平民だ。母親が流行病で死んだことがきっかけで、君は男爵に引き取られる。そして、君の魔術の才能を惜しんだ男爵が、遠縁であった私に頼み込んでルフェニラに編入することになった……といった筋書きだ。何か疑問は?」


「名前はそのままなのか? 偽名を使った方がいいんじゃねえの?」


「それはヘルメスからの要望だ。ラース殿は腹芸が苦手だから、うっかり本名を言って正体がバレるのを避けたいとのことだ。ラースという名前自体は珍しくない。幸い、ラース殿は顔を隠して活動しているし、名前だけで君の正体に結びつくことはないだろう。私もこのままでも良いと思う」


「わかった。そういうことなら文句はねえ。育ちの悪さも、この経歴なら誤魔化せるだろうしな」


 ラースは紙面から顔を上げ、持っている手紙を軽く叩いた。


「それで。匿う見返りに、俺様に何をさせる気だ? まさか、ゴロツキをしょっぴくなんてしょぼい仕事じゃねえよな?」


 ラースのあけすけな態度に気分を害した様子もなく、レオナルドは胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した。


「では、率直に頼もう。ラース殿には、ラプラスに巣食う犯罪組織——主に、憲兵が手に負えない犯罪者を担当して欲しい。手始めに、この店からだ」


 机の上に置かれたのは、大衆食堂の名刺だった。店の名前が書かれているそれを指差し、レオナルドはラースに告げる。


「この店で、学生に違法な薬物や魔導書を売り捌いている集団がいるとの報告が上がっている。当然その集団を捕まえようとしたが、飛び抜けた実力を持つ魔術師がいて、憲兵では歯が立たなかったそうだ。その魔術師の実力を見るに、第一級犯罪者並と推定された」


 ラースは名刺を取り、興味なさげに眺める。裏を返すと、店の住所と地図が簡単に描かれていた。


「第一級って……国家魔術師が複数人で捕縛する程度じゃねえか。魔導省に要請しなかったのか?」


 魔導師の次点で魔術のエキスパートである、国家魔術師を引き合いに出し、事の重大さをそれとなく伝える。無論、それはレオナルドも重々承知していたようだ。彼は少し、疲れた顔をした。


「無論、要請しようとしたさ。ただ、書類に不備があるとかなんとか言って、取り繕ってくれないそうだ。おそらく、魔導省との癒着もあるのだろう」


 レオナルドは眉尻を下げ、悲しげに話した。


「お察しの通り、ラプラスの治安はお世辞にも良いものではない。都市の出入りが厳しくされているのも、そうせざるをえないからだ。きっかけは百年前の経営悪化が原因かもしれないが、ここ十年は特に顕著になってきた。一部の貴族との癒着もあって、彼らを表立って一掃することは難しい。市長ですらこのことに頭を悩ましている。生徒を預かる身としても、これは見過ごせない問題なんだ。ラプラスの平和のために、ラース殿にも協力して欲しい」


 最初とは打って変わって、レオナルドは真剣な様子でラースに握手を求める。

 差し出された手を一瞥して、ラースは納得したように頷いた。


「ああ、ラプラスの市長に恩を売るのが目的ってことか。学園長でも、政治事とは縁を切れないってわけね。大変だな」


 言外に握手を断られ、レオナルドは困ったように笑い手を下げた。


「……とりあえず、今回は腕試しとして、その魔術師の捕縛をお願いしたい。まあ、編入試験の代わりだとでも思ってくれ」


「ハッ。心配しなくても、仕事はこなすぜ」


 ラースは名刺を胸ポケットに入れ、皮肉げに笑った。


「表向きには、潜入任務って事になっているんだ。給料分はしっかりと働かせていただきますよ」


「それは心強い。頼りにしているよ」


 話は終わったと言わんばかりに、ラースは受け取った書類を鞄に詰める。レオナルドも切り上げ時だと判断したのか、秘書を呼び、手配していた宿まで客人を送るように指示をする。

 さっさと宿に向かおうと席を立った直後、ラースは思い出したかのように声を上げた。


「悪い、レオナルド学園長。最後に一個だけ質問しても良いか?」


 名を呼ばれ、レオナルドは首を傾げた。


「どうしたんだい? 何か、困り事でも?」


「いや、そういうのじゃねえ。一応、確認しておきたいと思ってな」


 ラースは名刺を取り出し、裏の地図を指差し、くるりと円を描いた。


「ここら一帯で、吹き飛ばしたりぶっ壊したらまずい場所ってあるか?」


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