7.フェアリーランドは、今日も平和です。
いろんなことがあった晩餐会から一週間が経ったある日のこと。フェアリーランドのお城の中、官僚さんたちがせわしなく働く政務区の奥にある給湯室兼宿直室でレディは、久しぶりに顔を見せたハントに、いつものようにお茶を出します。
そして、自分も熱いお茶をずずずとすすりながら、彼の話す「晩餐会の顛末」に耳を傾けながら、これまでのことを振り返ります。
晩餐会の前日、ハントにリンゴジュースを渡した後、普段は話すこともないような「お偉い官僚さま」からさらに大量のリンゴジュースを要求されたレディ。数十人に出しても余るのではないかというその量に、あれ? お姫さまの分だけじゃないんだなんて思いながら、これはきっと誰かお偉い人に気に入られたのかなと、言われるがままの量のリンゴジュースを渡します。
そうして、実家から送られてきたリンゴジュースの半分強を消費することに成功して、さらに「リンゴジュースの代金」という、思わぬ臨時収入にほくほくしていたレディ。だけど、晩餐会が終わったあとに、実家から「大量の注文を受けた」と連絡をもらったり、同僚から「お姫さまを虜にした話題のリンゴジュースを手に入れることはできないか」なんて相談をされるようになって。急に大人気になったリンゴジュースに、このままじゃ自分の飲む分が無くなりそうだよと、レディは少しだけ焦りを見せます。
……とはいえ、みんな「お姫さまお気に入りの『あっさりなめらかまったり味』のリンゴジュース」がどんな味なのかが気になっていただけのようで。一口飲んで、味を確認できただけで満足したのでしょう。ちゃんと自分の飲む分を確保することができて、レディはそっと胸をなでおろしたなんてことがあったのですが。
なんで急にリンゴジュースが大人気になったのか知らずにいたレディは、ハントの話を聞いて納得して。率直な意見を彼に伝えます。
「あはは、それはお姫さまも災難だったね」
ハントが言うには、実はこの一週間、お姫さまはリンゴジュースを目当てに、お城の色んな所に顔を出していたそうなのです。ですが、お目当てのリンゴジュースと一緒に、晩餐会のことが話題に上がるのです。――「あの晩餐会でのお姫さまはかわいくおめかしされていたんですってね。私も見てみたかったなぁ」と。
もちろん、その言葉に悪気はありませんでした。だけど、その言葉を聞いたお姫さまは、どうしても「晩餐会での失敗」のことを思いだして、恥ずかしくなってしまうのです。
――もっとも、しばらくすると「ジュースを飲みにきたお姫さまを『晩餐会でのかわいらしいお姫さまを見たかった』と言ってからかうと面白い」なんてことがこっそりと言われるようになっていたのですが。
そうして、顔を見せるたびにからかわれて、でも事実だから何も言い返すことのできないお姫さまは、やがて、自分の部屋に閉じこもるようになってしまったのでした。
◇
「あっさりなのになめらかまったり! これぞ『しんせだいの味』だね!」
お城の中のお姫さまの部屋。お昼のお勉強を終わらせたお姫さまは、今日も大好きなリンゴジュースを、とてもおいしそうに、ちびちびと飲み始めます。
今までは、おいしいリンゴジュースのために、お城のいろんなところにお邪魔していたお姫さま。でも今は、いつも真面目な顔をした黒縁眼鏡のメイドさんが、ちゃんとお姫さまの分のリンゴジュースを用意してくれています。だから、誰にもからかわかわれずにのびのびと、お姫さまはリンゴジュースを味わいます。
そんなお姫さまにメイドさんは、少し釘を刺すように言います。
「飲み過ぎには注意なさるよう、お願いします」
「……もうあんなことにはならないもん」
メイドさんの言葉に、少しむっとしながら答えるお姫さま。今は一日に一度、お昼のお勉強が終わったあとにコップ一杯だけ飲むことにしようと決めて、たくさん飲みたいのを我慢して、ちびちびと飲んでいるのです。
それはもちろん、我慢せずに飲んでしまったら後で飲めなくなるからです。だけど、それだけではなくて……
「わたしも、王妃さまみたいなきれいな人になって、もう『かわいい』なんて言われないようになるんだもん!」
……お姫さまは、王妃さまが毎日どれだけ苦労しているかを知っています。きれいでいるために、こってりしたお肉も控えて、おいしくない野菜もちゃんと食べて、そしてなにより、甘くておいしいケーキもちゃんと決めただけしか食べないようにしていることを知っているのです。
お姫さまは、きれいでやさしい王妃さまが、王さまと同じくらい大好きです。そんな王妃さまみたいになりたいのです。だからわたしも我慢しなきゃと、そうお姫さまは自分に言い聞かせています。
お姫さまが頑張って勉強するのも、苦手な礼儀作法を覚えようとするのも、憧れの王妃さまみたいな「立派な女性」になるためなのです。
――そんなお姫さまを、黒縁眼鏡のメイドさんは、本人には悟られないように、だけど温かく見守っているのでした。
◇
ハントの話を一通り聞いて。ふと一週間前のハントの話を思いだしたレディは、軽く首を傾げながらハントに尋ねます。
「で、ハントはこういう結果になることを予測したの?」
話を聞いて、レディは思ったのです。元々、ハントはお姫さまが「世界一かわいい女の子」のまま成長することで王さまと王妃さまの仲が険悪になって、やがて醜い嫉妬心に支配されるのではという、途方もない取り越し苦労から、王さまに「ホワイトスノウ姫の方がかわいい」と言わせないようにするために行動をしていたのです。
あの、お姫さまのことを溺愛していることで有名な王さまのことです。当分の間は「お姫さまは世界一かわいい」なんて、お姫さまに聞かれたら嫌われてしまいそうなことは言わないような気がします。だけどまさか、こうなることを予想してあのリンゴジュースを出したんじゃないよねと、レディはそんなことを疑問に思ったのです。
そんなレディの疑問に、ハントは「まさか」と、首を振りながら答えます。自分はあくまで、お姫さまが好きそうなジュースを晩餐会の席に出せばより仲良くなるのではないかと思っただけで、この結果は偶然だと。
それでもまだ、どこか疑うような視線を向けてくるレディに、ハントは説明します。
「要するに、姫さまの『世界一かわいい女の子』という意味が、本来の意味からずれているのだから、それを正せばいいのだろう。なら、晩餐会で何かするより、ランキングをどうにかした方が早いと気付いてな」
そうして、ハントの「計画」を聞いて、レディは「思ったよりもまともな方法ね」なんて思いながらも、「確かに」と納得をします。
……実はハントは、王さまが王妃さまに何度か、「やっぱり雪ちゃんは世界一かわいいよね」と口走ってしまったことを知っています。だけどその度に、王妃さまに「そんなことを言って、雪ちゃんに嫌われても知らないわよ」と言い返されたことも知っているのです。
そんな王さまと王妃さまのことを思いだしながら、ハントはしみじみと思います。
――少なくともこのフェアリーランドでは、表向きはどうあれ、家庭内では女性が男性を遣り込める位の方が色々と上手くいくらしい、と。
◇
「おはよう、魔法の鏡さん」
それは、とても立派なフェアリーランドのお城の中。王族専用ドレスルームの片隅で、今日も王妃さまは、魔法の鏡さんに、いつものように話しかけます。
「おはようございます、王妃さま」
そんな王妃さまに魔法の鏡さんは、いつものように、少し事務的な声で、親しみを込めた返事を返します。
そんな魔法の鏡さんに、世界一美しいと評判の王妃さまは問いかけます。
「魔法の鏡さん、世界で一番美しいのは誰?」
王妃さまの問いかけに、魔法の鏡さんはいつものように答えます。
……一見すると、ちょっと芝居がかった、ばかばかしいようなやり取りです。だけど、こういった「いつものやり取り」というのは馬鹿にできません。日々のルーティーンは集中力を高めて、緩みそうになる心を引き締めるのです。
「はい。世界で一番美しいのは、もちろん王妃さまでございます。……それは、王妃さまの日々の努力の賜物です。ですが油断はいけません。毎日のたゆまぬ努力だけが、美を保つ唯一の方法なのです。――で、今日は、どのような『美』を御所望でしょうか?」
「うーん、そうね、今日はこれといった注文は無いのだけど」
魔法の鏡さんの問いかけに、王妃さまは、どうしようかなと少し首を傾げて。何かを思いついたのでしょう、王妃さまは楽し気にわらいながら、少し悪戯っぽい口調で魔法の鏡さんに話しかけます。
「『世界一かわいい女の子』なんてどう? 最近の雪ちゃん、自分の部屋に閉じこもってるし、今なら『世界一かわいい女の子』を狙えるんじゃないかしら」
悪戯っぽい表情でそんなことを言い出した王妃さまに、魔法の鏡さんはどこまでも真面目に返事をします。
「申し訳ありませんが……」
「冗談よ、冗談。まさか本気で雪ちゃんと張り合おうなんて思ってないから」
「いえ、スノウホワイト姫は『世界一かわいい女の子(12才以下の部)』一位ですので、王妃さまが『世界一かわいい女の子』を狙っても、スノウホワイト姫と張り合うことにはなりません」
「……12才以下の部?」
ただの冗談を言ったつもりだった王妃さまは、魔法の鏡さんの「12才以下の部」という初めて聞く言葉に、軽く首を傾げます。そんな王妃さまに、魔法の鏡さんは説明します。
「はい。実は最近、『世界一かわいい女の子』ランキングが正しく機能していないのではという指摘がありまして。『スノウホワイト姫が世界一かわいい女の子一位になっているのはジャンル違いではないか』と」
「まあね、確かに『世界一かわいい女の子』ってそういう意味じゃないわよね」
魔法の鏡さんの説明に、まあ、確かにそうだよねと、王妃さまは頷きます。もっとも、たまにその区別がつかない人もいると思うけど、なんて思いながら。
――そう、例えば雪ちゃんを目の中に入れても痛くないほどかわいがってる、ちょっと子憎たらしいわたしの王さまとかもその一人かなと、王妃さまは、そんなことを心の片隅で思います。あの人はきっと、どんな女性を相手にしても「いや、雪ちゃんの方がかわいい」と答える人だろうと。
「で、雪ちゃんはその『12才以下の部』では一位なんだ」
「はい。出来たばかりの新ジャンルですから。どんなランキングも、知名度に左右されますからね。今のところ、スノウホワイト姫は圧倒的です」
なんだかんだ言っても王さまと同じくらいにお姫さまのことを溺愛している王妃さま。魔法の鏡さんの説明に「やっぱり雪ちゃんの一位は不動のものよね」と納得をして。ふと気になったのでしょう。魔法の鏡さんに、何の気なしに聞いてみます。
「ふうん。じゃあ、今の『世界一かわいい女の子』は誰なのかしら?」
その言葉に、魔法の鏡さんはまるで、質問されたくなかったことを質問されたかのように、一瞬だけ声を詰まらせて。やがて、どこか観念したような声で、王妃さまの質問に答えます。
「……世界で一番かわいい女性は、コスメランドの有名モデル、ナチュレ・ライメイクです」
魔法の鏡さんの言葉を聞いて、王妃さまは固まります。
フェアリーランドのとなりにある、きれいでかわいいモデルさんたちが住む国、コスメランド。王妃さまは、このコスメランドのモデルさんたちが、ほんの少しだけきらいでした。
だって、そこのモデルさんたちは、ことあるごとに「たったこれだけでまるで別人のように美しくなる」と、自分の使っている化粧品を使えば「誰でも簡単に」美しくなれると言いふらしているのです。
その発言は、今まで頑張って、高貴な身分にふさわしい優雅な立ち振る舞いを覚えて、世界一美しいとまで言われるようになった王妃さまには、とても受け入れることのできない言葉です。
――そんなふざけたことをいう人たちが、かわいくてかわいくてしょうがないスノウホワイト姫と入れ替わるように、よりにもよって「世界一かわいい女の子ランキング」の一位に輝いてしまったのです。王妃さまが怒るのだって仕方がありません。
いままで王妃さまは、「ほんの少しだけ」コスメランドのモデルさんが嫌いなだけでした。だけど王妃さまの中で、その「嫌い」が、どんどん大きくなっていったのです。
「……蹴落とすわ。あんなのが『世界一かわいい』だなんて、冗談もいいとこ」
見えない黒いオーラを漂わせながら、ドスの聞いた声を上げる王妃さま。そんな王妃さまに、魔法の鏡さんは、まるでいつものような口調で話しかけます。
「……お気持ちは察しますが。自己を見失ってはいけません。王妃さまは、あのようなあざとく腹黒い愚か者たちとは、方向性が違うのです。あんな小物たちのことなど放っておいて、自分のするべきことをなされば良いのです」
いつものように丁寧な言葉づかいの魔法の鏡さん。ですが、その中に、普段とは違う物騒な響きを感じ取った王妃さまは、黒いオーラを漂わせたまま、それでもどこか戸惑いを見せつつ、魔法の鏡さんに質問をします。
「……えっと、もしかして、怒ってる?」
そんな王妃さまに、どこまでも真面目な口調を装ったまま、魔法の鏡さんは答えます。
「いえ、私はどこにでもある、ただの魔法の鏡です。まさか、化粧品の宣伝のために平気で嘘をつくナニカなんて、これっぽっちも気にかけておりません。アレの宣伝文句でこの先、どれだけの人たちが高価な化粧品を購入してはいい加減な使い方をしてお金を無駄にしようとも、その結果色んなところにクレームが届くことになっても、私には関係のないことです」
「……あー、そうね、そうよね」
魔法の鏡さんの言葉を聞いて、王妃さまは思います。魔法の鏡さんは、自分を世界一美しい女性に押し上げることができる、自他共に認める超一流のメイクアップアーティストです。当然、魔法の鏡さんは、そのことを誇りに思っています。魔法の鏡さんだって、コスメランドのモデルさんたちを好きになれるはずがないのです。
――だって、あの人たちだって、ちゃんとかわいくなるよう努力しているはずなのです。そんなことは、見ればわかります。なのに、彼女たちはそれを「道具が良いからだ」と、そんなことを言うのです。化粧品を売るためだけに、そんなことを言っているのです。
化粧品を売るためにかわいくなるよう努力しているのに、「この化粧品を使えばかわいくなれる」と宣伝をする。それは、化粧品を買うお客さまを騙すような行為です。そんな行為、「化粧品を使う側の専門家である」魔法の鏡が許せるはずがありません。
そのことに気付いた王妃さまは、魔法の鏡さんを宥めようと、優しく声をかけます。
「まあまあ。毒殺したくなるくらいに腹立たしいのはわかるけど。でも、あんな別世界に生きる人たちのために、心を乱すことはないと思うわ」
……宥めようとしたはずなのですが。王妃さまも思う所があるのでしょう。とても黒い発言をしてしまいます。
「ええ。毒殺なんて、そんなことしなくても、糖質を『適量を超えて』摂取させればいいのです。そうですね、最近噂のリンゴジュースなんてどうでしょう? 思わず飲み過ぎてしまうほど美味だとか」
「そうね。おいしい飲み物に毒を入れるよりも、おいしい飲み物を毒になるまで飲ませた方が早いわね。……と、いけない。こんなことを言ってると、まるでランキングの結果が気に食わなくて悪事を企む悪女みたいになってしまうわ」
「それはいけません。私たちまで悪者になっては、元も子もありません」
もちろん、王妃さまも魔法の鏡さんも、単に冗談を言い合ってるだけです。そう、たとえ二人が、「相手が雪ちゃんじゃないし、何しても良いわよね」とか「自分を支えてくれる人たちに嘘をついて商売をするような意識の低いモデルなんて、いない方が良い」とか、そんなことを内心で思っていたとしても、それとは関係の無いことです。
とてもおいしいリンゴジュースを「太陽をたっぷり浴びて育ったリンゴの、天然のおいしさを凝縮しました」とか言って宣伝すれば、勝手に「天然の甘みなら身体に良さそうだ」とか思ってくれそうだとか、二人とも、そんなことを本気で考えているわけではないのです。ましてや、あの人たちが相手なら「天然の甘味だから太らない」とか、そんな宣伝文句で売り込んだとしても罪にはならないだろうとか、そんなことは夢にも思っていないのです。
あんな子は、世界一かわいい「ぽっちゃり女子」になってしまえば良いなんて、本気で考えているわけではないのです。二人が怪しげに、ホホホとかフフフとか笑っているのも、あくまで冗談の一環なのです。
こうして、とても平和なフェアリーランドで、一つのお話は幕を閉じます。……え? 世界一かわいい女の子ランキングで一位になったコスメランドのモデルさん、ナチュレ・ライメイクさんはこの先どうなるのかって? さあ、それはフェアリーランドとは別の国の話ですからね。コスメランドの人たちが気にすればいいことだと思います。
――とても平和なフェアリーランドは、今日も平和でした。
以上で完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




