平和の時代の弊害
「まさか私の為?」
「それもなきにあらず」
「じゃあ、あれですか?」
二人の視線は平和がもたらした祖国の縮図を目の当たりにしてげんなりする。
「ああ、これは予行練習ではない、本当の戦だ。部隊は幸い前線ではないが気を緩めたりしてはいけない。だが……」
実際は皆、気を抜いていた。
上官への断りもなく、日中から先勝気分で賭博に興じる者や、気が早い者だとアルコールにも手を出している。
騎士といっても普段は街の荒くれ者と大差ない者も多数いた。
顔が利いているごろつきに警備防犯役をやらせる為だ。
似たところで、江戸時代にも岡っ引きを信頼の置ける元犯罪者や渡世人にやらせている。
主と契約した義務として、酒場から発する徴兵に応じなければならなかった。
また、実費で参加しなければならなかった為、中には武器または鎧を売ってしまって軽装の者もいる。
平和という時代は、かくも誇り高き国守の志士達をここまで貶めるものなのか、ブリキはこの無様な現実を目の当たりにして戸惑いを隠せない。
「……そういうことですか」
「そういうことだ」
ここで初めて伯爵は上層部に賄賂を贈り、この安全な後方を手にいれたとブリキは理解した。
この私兵の堕落ぶりではとても戦闘にならないからだ。
まだ、徴兵した近隣の村人の方が傭兵経験者もいるので頼りになった。
皆、本陣の裏手では絶対に敵は来ないと、たかをくくっているのだろう。
「――ひぃぃぃ! てててて、敵襲だぁぁぁぁ!」
見張りの兵が腰を抜かして見張り台から落ちてしまった。
持っていた酒瓶が中身を撒き散らしながら地面を転がる。
そこをタイミング悪くうろうろしていたブリキが、「あわわ、最悪だぁ……、へぶっ!」足を引っ掻け転倒。
重量がある兜は勢い余って脱げ、無理矢理押し込んでいた長くて美しいブロンドの髪が静かに流れ落ちた。
油断していた辺りは騒然となる。
「何と無粋な。正々堂々と矛と矛を合わせるという、合戦の美徳は魔族の武人にはないのか?」
と、残念そうに首を横に振り、所詮は辺境の蛮族と罵った。
「ゴスロ伯様!」
「大丈夫だ、我が弟子よ。想定外だが、この剣美伯の舞台でバッドエンドはあり得ない」
一人冷静に本隊へ援軍要請の願書を制作し、部下に向かわせた。
「ヴァージニアよ、お前はその似合っていない兜を置いて待っていなさい。その方が数倍ボクの力が出る」
「ななな、何をいっているっちゃぁぁ!」
ゴスロ伯は赤面している弟子に手をやり、細身のショートソードを抜刀し掲げ、「聞け、皆のもの! 敵は恥知らずな蛮族なり。このような卑怯な戦法をとらねばならぬ程の弱兵、我ら誇り高き獅子王騎士団にとって、とるに足らぬ小物なり。我らには建国の英雄、金獅子王ルイーンと12騎士の加護があるのだ、何を臆することがある」腹に力を込め声を張り上げ、動揺している部下達を落ち着かせた。