リビドーに導かれて…………
ハルトは力無く、人類の叡智へと耳を当てた。
『最低』
開口一番、スマホのスピーカーから流れてきた軽蔑語。
慈悲の欠片もない言霊は、一部始終見ていたような棘のある言い回し。
一言で簡潔だが威力はショットガン。
それでも、ガクガクと膝を地面に落としているだけで済んでいるのは、ここが戦地だからだ。
本来なら絶叫するシーンなのだが、セオリーを曲げても身の安全の為に気持ちを抑え込む。
「ナンノコトデショウカ?」
『何の事だと思う? 当ててミソ』
まるで挑発しているように凛は問い掛ける。
小心者の鼓動が跳ね上がった。
「よく遅刻しているとか?」
『毎日動画配信なんだから、スケジュールは守ってよね。でも、違う』
「お金を返さない事とか?」
『それは大丈夫。後できっちり回収するから。ふふふ』
「…………なら、長瀬さんの友達に配信の事を話した事とか?」
『なっ! それは初耳。…………さてと、ハルちゃんの秘蔵コレクションオークション、どれだけ値が付くかなぁ』
「やめて。それだけはやめて」
ハルトは必死に訴えた。
全部自業自得だが、それでも訴えた。
『答え。私は知っている』
「もしかして今の事ですか?」
『ちな、ハルちゃんがボタン操作押し間違えたお陰で、私も事件真相の証言が可能ですが、いかがなさいましょうか? 変質者さん』
「それはカメラが回っていたと?」
『イエス、それも一部始終』
ハルトの制服には撮影用の小型カメラがついている。
何らかの誤作動で撮影モードになり、直リンしている動画パートナーへ送られていても別に不思議なことではない。
「これは事故なんだよ。僕がこんな事する奴じゃない事は長瀬さんが一番知っているでしょう?」
『つまり、リビドーではないと?』
男というものはやましい事があると饒舌に途端なるが、少年ハルトもその例外でない。
下手な言い訳や弁明など男の格を下げるだけなのに止められないのだ。
これが古代から延々と継続する女々しい野郎どもの命題。
『うーん、その割には同じ方角を眺めている時間が長いけど。時間にすると15分32秒。その間振り返る動作もない。これが事故と貴方は宣言なさるのですか?』
「………………甘んじて罰を受ける覚悟はございます。はい」
お互い敬語になり段々雲行きがおかしくなったので、聡い凛にとぼけ続けるのは不可能と感じたハルトは罪を認める。
現行犯逮捕なので同情の余地はないだろうと思うが、それでもこれは事故なので温情の御沙汰がある事を確信していた。
しかし、因果応報は誰にでもやってくる。
『…………そう、ならしょうがないよね。私もハルちゃんを信じているよ――――って、そんな事誰が言うか! 悪気なかったのなら神様はいらんのじゃ、この色ボケガキがぁ!!』
そして残念ながら凛もキレた。