天つ空
天つ空に架けられた太陽光の橋立。
御魂は大地に何の未練もなく、別天地へ旅立つのだろうか。
完全な死者となったシュレリア男爵へ敬意を表し、いかつい両手を胸の上で重ねるヴァージニア。
複雑そうに手を胸に押し当て、戦場に散った者達へと黙祷を捧げる。
最期に助けてくれた偽者のシュレリア男爵も、生涯を全う出来なかった割には穏やかな死顔であった。
『父様まで殺された……、父様と思ってた奴も死んだ。私は本当に独りぼっちだ』
力なく項垂れる。
最後の支えを失ったのだ無理もなかった。
「ヴァージニアさん…………」
ハルトはその後に続く言葉が見付からない。
当然ながら見つかるはずもない、本人が納得する気の利いた言葉など。
何故なら部外者、別世界の住人だからだ。
場違いのドレスを纏った戦場の淑女は、人形のように硬直して虚ろな眼を虚空に漂わせる。
『私はここで後追いするべきなんだっちゃ。父様や師匠や仲間達が向こうで寂しがっているかもしれない…………』
「ヴァージニアさん何言っているの?」
『もう、私に未練はない………』
ヴァージニアはシュレリア男爵を貫いた朱色に染まった槍を喉元へ、「駄目だ! 早まるなぁ!」ハルトは操縦権を無理矢理切り替え、槍を遠くへ放り投げた。
『変態邪魔するなだっちゃ! 私も死ぬんだ!』
「ここでヴァージニアさんまでどうにかなったら、誰がここの領民達を守るんだよ!」
攻と防の鬩ぎ合い。
ハルトは意地でも動こうとするわからず屋を目一杯の力で操縦桿を押さえ阻止する。
『そんなの知るか!』
「大馬鹿! みんなが命懸けで守ったこの領地を見捨てたら、死んだ人達も浮かばれないじゃないか!」
『うるさいうるさい! 黙れだっちゃ! 余所者のお前には関係無い!』
「関係あるんだよ! もう、ヴァージニアさんと同じ業を背負っているんだよ! いや、僕は手を汚さない分罪が重い。地獄行きだ」
ハルトはこれがゲームでは無く殺生ごとだと自覚していた。
特に乗っ取られていたが人間である男爵の死で今回それを自覚。
両手を見ると見えない血のりに侵食されているおぞましさを感じ取っていた。
『変態…………』
「取り敢えず、この件は保留にしない? まだ戦争は終わっていないんだ。全て片付いてからでも遅くないよ。領地にはまだヴァージニアさんを頼りにしている人が大勢いるんでしょ? 家族同然の人達が………」
『……………………! そうだっちゃ。私にはまだ一杯家族がいる。まだ黄昏れている場合じゃない』
漸く大事な事に気付いたヴァージニアは瞳の色を取り戻した。
「そうだよ、ヴァージニアさんは色んな物を一杯背負っているんだ。リタイアは僕が許さないよ」
『ハルトお前は?』
「無論、付いていくよ。ここまで来たら最期まで見届ける。逃げたら一生後悔する気がするからね」
もしかして男爵はこうなる事を分かっていたのかなと、そう、ハルトは暫く天界へ続く青天井に思いを馳せ、涙がとめどなく流れ出るパートナーを優しく見守った。