ハルトの逆鱗
人間の脳とは面白いもので、印象に残る瞬間は遅く感じる。
いや、そう錯覚すると表した方が確かだろうか。
まさにスローモーション。
全ての事象はコマ送りになり、ゆっくりと水滴のように流れ落ちた。
貫いた槍。
無造作に引き抜かれると同じに、庇ったシュレリア男爵から鮮血が迸る。
それは熟したトマトより瑞々しく、社殿の如く厳かで清浄。
少年の良心を僅かの時間だけ停止させるには十分であった。
「何を………おたくは何をやっているんだぁぁぁ!」
ハルトの激昂。
スキルで強化されたヴァージニアを操作して戻る槍を逃さず逆に掴みとり、一本釣りの如く穴の底から湖の主ではなく従軍中郎シャセキを天高く釣り上げる。
『ふひぁはははは! やっと殺した、殺した――ぬう!』
『ぐほっ! やはりそなたか、シャセキ殿。はぁはぁ』
満足しながら空中を舞う従軍中郎シャセキ。
心臓を貫かれて吐血しながらも、倒れず不動の構えを取るシュレリア男爵。
シャセキはヴァージニアを仕留める為に身を隠していたのだろう。
そして絶好の瞬間を虎視眈々と狙い定めていたのだ。
『何だと! 貴様は何故、敵を庇った!?』
『戦士同士の戦いに泥を塗られたくはない! 例え惨めに土の上を這いつくばろうとも、第三者の介入は屈辱でしかないわ!』
声を荒げる度に口から血を撒き散らす。
地面に敷かれた緑のキャンバスへ赤のアクセントがまた加えられた。
『ちぃ! 所詮は武官崩れか。影に徹せれなければゴミと同じよ』
シャセキは後ろを向き全力でこの場から逃亡を図る。
だがしかし、
『………………………ふざけるなだっちゃ』
「言いたいことはそれだけか。トカゲ野郎」
『ぎゃあああああ!』
感情のないロボットと化したハルトは逃げないように、躊躇いもなく両足を切り落とす。
「孫子の孫武みたいだけど、ただの卑怯者じゃあっちも迷惑か」
痛みでのた打ち回るシャセキにハルトは、『痛い痛い痛い! お前ら私をたすけ――』先回って部下へ指示を出せないように今度は両腕を両断。
『腕があああ!』
『死ね!』
ヴァージニアが剣を構える。
『待ってくれ! 頼む! 命だけは助けてくれ! わしはまだ死にとうはない!』
「………………」
それでもみっともない命乞いをするシャセキに、一旦は矛を納めようと体を押さえていた足をどかす。
その瞬間、シャセキの眼球が一回転。
それを合図に遠方より数えきれない程の火矢が飛来した。
『最後に勝つのはこのシャセキよ!』
「…………………………これは、遠距離射撃の反応?」
レーダーに映る大量の弾幕。
まだ伏せていた兵による遠方からの一斉射撃で、ゲーマーの逆鱗に触れるのには十分であった。