油断大敵
「投降しろ偽者。今なら生き残った奴らも命を取らないだっちゃ」
「何の冗談だ?」
男爵は折れた利き腕の代わりに左で落とした剣を拾う。
重力の掟に逆らった左腕に重みという制裁。
本来の用途、両手剣を片手で制御するのだ、鍛え抜かれた腕に当然血管が浮き出た。
が、形相は変えず、ただ、眼は倒すべき敵へ、金髪の少女へ、可愛い一人娘へ一直線に捉える。
遮る物が何もない平原の風は蓄えた自慢の髭を揺らす。
「お前は敵だが体は紛れもなく私の父の物だ。これ以上傷付けたくはない」
「この期に及んで何を甘いことを……」
本気で言っている事は分かっていた。
これがヴァージニア・ウィル・ソード、時に鬱陶しく時に眩しかった一人娘の生き方。
そしてそう躾けたのは紛れもなく、生前のシュレリア男爵だ。
「私はお前が憎い憎い憎い憎い憎い! 師匠と父様を殺したからだ!」
「ならば、何を躊躇うか? 武人は着いた勝負の生き恥を嫌うものと教えたはず」
「でも、心の奥底でそれを拒絶しているだっちゃ。偽りでも共に過ごした日々は本物。紛れもなく父様だったちゃよ」
「戯けが。馬鹿も休み休み言え。だから貴様は劣等騎士なのだ」
現実では刹那の時間、物思いにふける。
俺が斬りかかっても、このヴァージニアには勝てないだろう。
そう、もう、勝負は着いているのだ。
悔しい反面嬉しいと感じるのも人の親として生きた置き土産なのだろうか。
さて、この不始末どうつけたらよいやら。
…………それに気が付けばあの従軍中郎の姿が何処にもない。
恐らくこの事を予見して逃げ出したのだろう。
魔族には組織力がないのだ、魔王の恐怖だけで成立している軍隊に、使命感など無い。
――いや、違うか。
奴ならこんな失態をこのままにしておくだろうか?
出世に響くのだぞ。
奴はいつぞや言っていた。
戦争は成り上がるまたとない絶好の機会と。
なら考えられる答えは一つだ。
俺がシャセキなら――――
咄嗟にシュレリア男爵はヴァージニアへ飛び込み蹴り飛ばすと、「口封じはさせん! うおおお!」背後の穴から突き出された槍に貫かれた。
一瞬の出来事。
戦場を駆け巡った武人から鮮血が鳳凰の如く舞う。
最期に脳裏に浮かんだのはヒマワリに囲まれたヴァージニアの溢れんばかりの笑顔だった。