少女、三日会わざれば刮目して見よ
「お前は本当にあのヴァージニアなのか?」
「ニセ者に驚かれても全然嬉しくはないだっちゃ」
だが、その驚きも至極当然であろうか。
今まで共に暮らしてきたが、強者の素振りは一切なかったのだ。
隙だらけでとても武術の心得を感じられない。
なのに恐怖が脳裏を過ぎる。
例えて言えば、悪霊が乗り移った、または神が宿ったと男爵は剣を通して看過または見抜いた。
だからだ、
「死ネ!」
「止めろ! お前らの勝てる相手ではない!」
死角から狙いを定めて特攻を掛ける仲間達に制止を促す。
あの草食動物みたいな顔に騙されてはいけないと。
そう、このまま行けば待っているのは蟻地獄やウツボカズラと同じ運命。
しかし時既に遅く、まるで突かれる運命だったかのように、「ぎゃああああア!」ゴブリン達は吸い寄せられ瞬殺された。
「仕掛けてくるなら私も容赦しないだっちゃよ」
「………………」
と、少女騎士は興奮を抑えながら鼻を鳴らす。
対して、本来ならここで怒り狂うものだが、男爵は冷静にある懸念が去来。
何故バクリュウキョウがあんな些末な任務で命を落としたのか?
かのものは武力だけではなく、頭も相当キレた。
誇りもあり、勿論命の落とし所も心得ている。
そんな彼が小任務で死を賜ったのだ。
ただ事じゃない。
予定外の何かが起こったのだ。
そう、
「そういうことか……。これで納得がいった。最強の極みと名高いバクリュウキョウを討ったのはヴァージニア、お前なのか?」
遂に気付く。
皮肉にも男爵が釈然としなかったある疑問がここで解決する。
バクリュウキョウを討ったのは、ゴスロ伯ではなく、ヴァージニア・ウィル・ソードだという事に。
そうすれば全ての辻褄がパズルのように当て嵌まるのだ。
それに対して、
「生物はいずれ死ぬ。それが早いか遅いかだっちゃ」
肯定とも否定とも取れる意味深な言葉使い方をした。
しかし、その情報を聞き出すには代償が高くつく。
気が付けば、男爵は片腕を折られていたからだ。
腕が力無くぶらりと垂れ下がる。
痛みを感じる暇もなかった。
「偽者、何で本気を出さないんだっちゃ? お前は別として乗っ取った父様の王国最強と謳われた戦闘技術を持ってすれば、私はとても手も足も出ない。それとも何かを狙っているのか?」
「………………」
男爵は何も答えられなかった。
いいや、この娘に対してぶつける言葉の礫石を持ち合わしていなかったと述べた方が正しいだろうか。
何故なら全力だったからに他ならない。
弱肉強食、弱者淘汰、数え切れない程の生死から培った獣の勘が働いたからだ。
言われるでもなく、井戸を汲み上げるかのように持てる技術で次々とヴァージニアへ剣術を叩き込む。
ベテランでも躱せない濁流や雪崩を彷彿させる程の暴威を浴びせたのだ。
しかしながらターゲットは倒れるどころか、逆に男爵の大柄の体躯が小刻みに揺れる。
魔王に対面して以来久しく忘れていた恐れという感情。
それをこの年端もいかぬ娘が醸し出してくるとは、全くの誤算であった。