鹿の角を蜂が刺す
仕事の都合で、当分の間、投稿を1日一回にさせてもらいます。
ごめんなさい。
「ヴァージニア卑怯なり! それでも騎士か!?」
「何とでも言えだっちゃ!」
男爵はこれ見よがしになじる。
力強く野太いこの声と相まって平原に拡がった。
無論これは卑怯ではない。
実際、江戸の兵法家が戦国時代を生き抜いた兵士と試合で戦った際の事だ。
元兵士は手を防御に使って刀を防ぎ、その隙に兵法家へ一太刀浴びせる。
兵法家がそんな戦法はない卑怯者と罵ったが、元兵士は生きるか死ぬかの瀬戸際で、そんなもの意味をなさないと言い放った。
そう、手甲は兵士にとって身近な盾になる。
よって、戦争に作法はないのだ。
長口上を垂れて許されるのは、鎌倉時代の武士と歌舞伎役者とヒーローのみ。
この熟練の戦士も全て承知で言い放っている。
そう、あくまでも主目的は馬鹿にする事ではなく、剣を向ける敵へ精神の揺さぶりを掛ける為だ。
姑息だが真剣勝負の場では僅かな動揺が命取りに繋がる。
相撲の立ち合いの駆け引きや猫だましと同等にこれも立派な戦術なのだ。
反動で少女は飛ぶ。
野球の球の如く飛ぶ。
物理法則に反抗しないで飛ぶ。
更に畳み掛けるように、
懐に入ってからの正拳突き→凪ぎ払い→正面打ち。
男爵は着地する前に休まず、足を踏み込み連撃を叩き込んだ。
ヴァージニアを仕留める為に他ならない。
だが、何事もなかったようにヴァージニアは着地した。
無傷。
幼さを残す端正な顔立ちも、凹凸の無い戦いに適している身体も、装備を最小限に抑えた衣服さえも、何の変化も与えられなかった。
「今の私にそんな攻撃は効かないっちゃよ」
「馬鹿な!? 確かに手応えがあった」
「私は怒っている。あろうことか父様の技術を悪用した罪、万死に値するだっちゃよ」
「茶番だ!」
目の前の事実を受け入れられないシュレリア男爵は、止まらず切り返して再び見下してきた少女へ素早い連続攻撃を仕掛ける。
一撃、二撃、三撃、四撃…………
回を追う事に攻撃が重く激しくなった。
戦場を生き抜いてきた軍人の妙技が冴え渡る。
だが、常人なら即死だったが神がかったヴァージニアには効果がなかった。
ことごとく柳の枝のように避けられる。
ここで初めて男爵は怯んだ。
この内包する尋常じゃない気配。
とても不器用な脳筋娘の物ではなかったからだ。