乾坤一擲
暫し目を閉じる。
黙祷とも精神集中とも取れる行動。
下手すれば仲間に密告されて処断される軽率な行為なのだが、元の男爵の性格なのか、乗っ取った暗部としての判断なのか定かではないが、言わずにはいられなかった。
心理学的には人質になっても世話になっているうちに憎き敵にも情は沸くという。
そこに男爵が当てはまるかは分からないが、内心は非情になりきれないでいたのが事実だ。
「来たか来たか!」
「シャセキ様、兵士に合図を」
「うむ」
シャセキはタイミングを図りながら口笛を鳴らす。
目玉だけ上に向けるがまだ敵の姿は見えない。
物音を立てて全力で駆けつけた生き残ったゴブリン兵士達半数が密集陣形で一斉に前方と頭上へ円形の盾を構え、残りが弦をひき弓矢で射撃態勢に入る。
古代最強の防御陣形だ。
その防御力は重装歩兵やものによっては騎馬突撃でも微動だにしない強靭なパワーを秘めていた。
それは形は違えど実際の歴史、古代ローマの盾の密集陣形テストゥドが証明している。
その防御力は騎馬を抑えるだけではなく、迎撃が激しい攻城戦にも十二分に真価を発揮した。
現代でもファランクスの防御形態として
世界中の軍隊や警察が使用している。
「かんらかんら、これならば神の雷でも問題なく防げるわい」
「小娘如き大袈裟でありましょうが、大事な驃騎将軍の家臣団を危険に晒す事は出来ません。どうか暫しご辛抱ください」
そのいかつい面構えとは裏腹に、繊細な心遣いに誰もが軍人の鏡と内心で称えたであろう。
その証拠にゴブリン達は鼓舞されたように奮い起っていた。
魔物の一匹が天上を見上げながら瞬きする間、黄金の輝きを放ち加速する物体が、「――だっちゃあああああああああああああ!」謎の雄叫びをあげながら、盾の集合体へ剣を地面へと突き刺す様に構える。
次々と放たれる矢群。
しかし、計画では空中で先攻迎撃する筈だったが、謎の見えない障壁に無数の矢を跳ね返された。
その直後、全体に響き渡る天から隕石が降りそそいだかのような、重厚かつ打楽器を彷彿させるような衝撃音。
まるでここからオペラのグランドフィナーレを飾るかのような、高揚感が周囲に立ち込めた。
幾多の巡らせた盾の壁がヴァージニアの稲妻の如き天撃を緩和。
だが、予測以上の大岩を受け止めているかのような衝撃が、盾を伝って防衛者達を苦しめる。
ゴブリン兵士達の徹底的に調練された足に動脈が浮かび上がった。
「「「うおおおおおおおおおオ!」」」
集団から一つの個、大きな盾となりて雄叫びをあげながら食い下がる。
知的生命体を侮るなかれ。
個体では大したものでなくても集団になると驚異の力を発揮するものだ。
それは騎馬突撃しかり綱引きしかりスポーツの団体競技しかり。