風雲急を告げる
「まぁ、急いては事を仕損じると言っても、たかが人間の娘だ。予測を大いに超えた想定外の事をしでかしても、子供の域はでまいて、でまいて。どうせ猿の浅知恵だ」
人間は魔族と比べて遥かに能力が劣っていた。
身体能力は勿論の事、文明、思考、学問、商業何もかも。
それは神の教えが新しい物を拒んでいるせいでもあった。
実際、魔女や地動説など宗教の思想のせいで、中世ヨーロッパに暗黒時代と呼ばれる文明の停滞が起こっている。
然らば知恵者のシャセキが人間を侮っても何の不思議もない。
「私も負けるとは思ってません。奇襲とは一度目だから成功するのですよ。ゴブリンやオークのような学習能力のない最底辺でもない限り、手の内を明かした時点でヴァージニアに勝てる見込みはありますまい」
勝つ自信があった。
それを立証する為、男爵はまた空からの襲撃を想定して対空の構え。
元体の持ち主が飛竜軍団を相手にしている最中身に付けた必中の構えであった。
頭上から来た時も男爵が培ってきた第六感が働き、位置をずらして自身の真正面へ軌道修正する。
一般の騎士だと気を抜いて歩くと、一々足に当たり構えが崩れてしまう。
しかしこの剣を捧げている特殊な戦闘態勢にそれはない。
重量で剣先の制御が難しいが、されど迎撃として優れていた。
それに幸い、男爵の予測に反して兵士達がまだ全滅してなかったは幸運。
これもヴァージニアの策かと勘ぐったが、「考え過ぎだな」そそっかしい普段の愚かな娘の顔が過るとすぐに警戒を解く。
「しかし暗部殿よ、もどかしいぞ。いつまでこうしていればよいやら」
「動かない方がよろしいでしょう。一瞬の音が拾えなくなります」
「生憎、私はそこまで敏感ではない。待ちの姿勢が得意なカメレオンとしては失格だがな」
落ち着きのないシャセキは、カメレオンらしく目玉の視点をコロコロと変える。
「――――――! 真打ち登場か……」
男爵は兆候を感じ取った。
突如、何の前触れもなく空気の音、または流れが変化。
常人では気付かない些細な違いだが、幾度となく戦場を渡ってきた武人は感覚がシャープに研ぎ澄まされているので、調律師やドーベルマン並にどんなことでも発見が早い。
「……ヴァージニアよ、このご時世だ、今更許せとは言わない。短い付き合いだったが本当の娘だと思っていたぞ。父親として何も出来なかったが、俺の手で息の根を止めることがせめてもの手向けだ」
人目をはばかる事なく、念仏を唱えるが如く独りごちる。
嘘偽りのない男爵の素直な気持ちであった。