百聞は一見にしかず
静けさの中、鷹が甲高い鳴き声で旋回。
シャセキは敵に見付からない様、口角へ指を挟み、「ピィーー!」鳥の鳴き声に混ぜて口笛を吹く。
これを合図にシャセキは静から動へと移行した。
今まで静観していた割りに見事な作戦指示。
男爵も素直に感心した。
伊達に日頃から統括してはいない。
細かい策が行き届く。
そうこうしているうちに、生き残っているゴブリン兵の再配置が完了した。
一見、上空から見ると今まで通りだが、事が起これば直ぐ様シャセキの軍略を繰り出せる。
「お見事です。これだけやれば敵は敗れても本望でしょう」
「…………要はお主だ。暗部殿」
「私を囮にするおつもりで?」
憶測でものを言ったつもりだが、雨上がりの一滴の如く頷くシャセキ。
どうやら当たったようだ。
「お主なら任せられる」
「…………恐れながらそれは買い被りです」
男爵は首を横に振る。
別に臆病風に吹かれた訳ではない。
何度も言うが隠密を生業とする暗部は歴史に名を残す訳には行かないのである。
「未知の敵に対して、我らが出来る事は限られている。逃げるか戦うかだ」
「私に逃げる選択肢はございません。全ては魔王様に繋がること。よって選べるのは戦うか死ぬかです」
武人にとっては最低の行為だが、参謀にとって逃げは卑怯ではない。
軍略に則った正当なる戦法だ。
生き残って最後に勝てば良い。
如何なる世でも武官と文官が相容れない原因の1つである。
ただ、シャセキがどういう思考を巡らせているのかは分からずじまいだった。
今までのやり取りでこの男を信用してよいのか男爵は今一つ決めかねている。
無論魔族は実力主義、裏切られても騙されるのが悪い。
魔王国の国是にもなっている。
だから、そこも計算に入れなければならない。
魔族は面倒なのだ。
「百聞は一見にしかず。全てにおいて、何度くり返し聞いても、一回でも実際に見ることには遠く及ばないものだ。何事も自分の目で確かめたもの、経験した者、即ち仮にも親子である暗部殿が一番の適任者なのだよ」
「至極ごもっともな見解。目から鱗です」
「見え透いた世辞は要らぬわ。だが、それが一番近い解決策。だからお主に打開策を聞いたのだ」
「分かりました。私も軍人の身、期待にお応えしましょう」
納得はしてはいない。
しかし、疑ってはきりがないので男爵はこの辺りで妥協する。