残念ジャンヌダルク
無事にヴァージニア小隊は危険な街道を逸れ、導かれる様に、逃げ込むかの様に、平原に点在している木の群生地の一つへと足を踏み入れる。
規模は関東圏、それも比較的都会にある町の大字一丁目と同等、そう説明した方が分かりやすいだろうか。
北海道や九州でなくてでなにより、最悪、熊と共に一日中さ迷っていたであろう。
森は一行を誘い、癒し効果を発する領域に足を踏み入れると、甘味系の甘酸っぱさと発酵した草の苦さが一層混ざり合った。
ミント系に似た鼻に通る香りが気温の低さと相まって、火照った心にミストシャワーを吹き掛けられた様なじんわりと落ち着いた心持ちに変えてくれる。
幾ら香りが同等でも、総合病院の威圧感とは全くの無縁の空間だと言いたい。
領民達は息絶え絶えに空を仰ぐと、青葉に混じって紅葉と銀杏が所々舞っている光景に、敗戦からなのか、物悲しさからなのか、過ぎ去りし日々に想いがいったのか、自然と瞳から涙が滲んだ。
緑、泥だらけになり裸足で駆け巡っていた幼少の日々。
紅、豊作を祝って大騒ぎをした少年時代。
黄、親しい人達が天に召される度に泣き崩れた青年期。
重ねてきたメモリーが、樹木一株一株、葉一つ一つにこの場所へ集約されている。
それが『女神の森』、小規模ながら木々によって外界から閉ざされた世界の名称である。
中央にある樹齢一万を超える神木『ジュピター』を奉り、村々の心の拠り所で全ての神事を司る神聖な場所。
太古より父のとして母として、厳しくも優しい白髪混じり初老として、時間からとり残された年を重ねた達観者または傍観者逹はこの地に根付く者達を見守っていた。
だが、加速がつき過ぎたヴァージニアは、「きょわぁぁ! 止まらないっちゃぁぁぁぁぁ――、へみっ!」ユグドラシルに比べたらおこがましいが、よりによって、この土地一番の御神体にダイレクトアタック。
衝撃と共に腐葉土混じりの枯れ葉を花吹雪のように撒き散らしながら、勢い余って反転、逆シャチホコにトランスフォームする。
最後はベルトが外れズボンが主を拒絶するが如く豪快に脱げた。
「……………………」
罰当たりにも神木の御前で、貴族の御令嬢パンツ御開帳。
本来ならここで手を合わせてやりがたや~と、ひれ伏すべきなのであろう。
だが、お手製の不格好過ぎる刺繍が痛すぎて神聖さが半減していた。
千年ぶりに人目に触れた御本尊のタペストリーが、子供が描いたラクガキだったぐらいの残念さである。
せめてストリートアートまで昇華出来れば神仏みたいな後光も出るのかも知れない。
「お嬢様大丈夫だべか? パンツ」
「ヴァージニア様も相変わらずそそっかしいだべさ、パンツ」
「隊長は天然のドジっ娘なんだべなぁ。パンツ」
兵士達は慣れているから平然と覗きこむ。
「パンツパンツと、うるさいだっちゃぁぁぁぁ!」
仲間達は森が震える高音トーンに耳を塞ぎながら飽きれ気味に笑う。
対してばつが悪そうに、釣られ白い歯を見せる残念ジャンヌダルク。
面映ゆがりながら固い表情が崩れて綻んだ姿は、普通の少女そのものだった。