生きることこそ活路を開く
一部が地獄の業火にやかれ、大地から地肌が曝け出す。
その状況下を三十六計逃げるが勝ちという人間の本能に従って、ヴァージニア達は敵部隊の合間を掻い潜ってひた走る。
敵に塩を贈った将の意図は読めなかったが、暗闇で針に糸を通す程の好機を、命を預かる身としては見逃す訳にはいかなかった。
「はぁはぁ、私は騎士失格だっちゃ……」
しかし、内心は年頃の乙女らしくステンドグラスと同じぐらい複雑。
我慢していた心の声があふれ、激しい呼吸と共に外へとこぼれ落ちた。
今まで騎士として理性の無いモンスターを何とか駆除することはあっても、魔族という高度な知性と統率の執れた軍隊を相手にした事がない。
今回、初めて圧倒的上位に打ち負かされ、盤上で滑稽に踊らされた自分を恥じる。
しかし、部隊を率いる隊長として勝ち目のない戦場を後にするのは正しい判断。
一個の感情を捨て去り、慕って付いてきてくれる仲間達を生き残らせる事こそ今の使命だと改めて何度も言い聞かせた。
「皆、もうすぐだっちゃ」
「だ、大丈夫だだよ!」
「うんだ!」
強がっている精神的にも肉体的にも限界に近い仲間達に声を掛ける。
ヴァージニアが乾いたタオルを絞っている様な状態で自分に鞭を打っているのに、大の男達が音を上げるわけには行かなかった。
ヴァージニア・ウイル・ソードと言う名の少女はこの地に生を受け、この地を揺りかごとして育った。
ここ一帯を束ねるシュレリア男爵の一人娘として、父に代わり村々の志願兵を従え、獅子王騎士団ゴスロ伯爵所属の小隊長となり参戦。
援助を受けていた伯爵の恩顧に報い、この愛する地を守る為に剣を振る。
しかし、ゴスロ伯爵は騎兵と歩兵合わせ五百を率いて兵糧を守備していたが、たった百匹の魔物になすすべもなく敗北した。
無事だったのはヴァージニア小隊のみ。
幼少から生来のお転婆なお嬢様は近隣でカリスマ的ガキ大将として君臨。
そのお陰もあってちっぽけだが、祖国の為に立ち上がったジャンヌダルクに劣らない勇姿に配下の兵達の士気も俄然上がり、他の徴兵は次々と倒れる中、生存率が高かった。
これも家族のように接し、領民の育てた作物が焼けた時共に泣いてくれ貴族らしからぬ優しき娘だから出来る事。
遠くの兵糧庫から煙が上がっていた。
彼女達には墓標と感じたが、迫っている一時の安住の地を目の前に、一瞥するのがやっとで、手を合わせる暇がない現実に悔やんでならない。