犬馬の労
魔界統一国家『楚』は古代中華に酷似した文化及び国家体制を確立している。
それは役職・官位・風習・国民性に至るまでであった。
楚は魔族と呼ばれる人外の多種族により成り立っている。
その頂点に君臨しているのが魔族の長『魔王』なのだ。
楚は魔王による中央集権独裁国家で、現在の魔王の名は『宣王』または『朱武王』本名を『シュリン・ランホウ』という。
北の果てに存在する不毛な大地である魔界にて、永きに渡る戦国時代を制した若き女王である。
シュリンは才覚と美貌を兼ね備えたデーモン族。
天が与えたカリスマ性で多種族を纏めあげ、家臣は生まれや忠誠に拘らず才能を愛し重用した。
そして世界制覇へ向けて侵攻を開始。
着々とその魔手を伸ばしていった。
「それとシャセキ従軍中郎様、私は影の者。どうか敬語はお止めください。下の者に示しがつきませぬ」
「あいや、これはしたり、これはしたり。そうであるな。忠告かたじけない」
「はっ!」
男爵は拳を手の平で包んで拝手する。
暗部の組織は治外法権だが地位は低かった。
これも本人よりも任務を最優先にさせる為である。
「まだ大っぴらには公言できないが、陛下もそろそろ魔皇帝を名乗る準備を始めておる。我らも気を引き締めないとならない」
「はっ、それは重畳です」
「…………うむ」
男爵は暗部の職業柄、シュリンの人柄を知っていた。
常日頃から肩書きなど無意味と断言しているので、とても皇帝の称号を欲している様には見えない。
側近達がごり押しで推し進めているのが手に取るように分かる。
「我ら暗部は陛下の忠実なる番犬。ならば犬馬の労もいといませぬ」
おそらくシャセキは情報を引き出す為にカマをかけていると読んだ男爵は、ここは無難に切り返した。
「だからだ、反対派を黙らせる為にも、この戦いで圧倒的な勝利が必要になる。全ての敵を屠る心づもりで当たらなければならない」
「はっ!」
「然らば暗部どのも、努々(ゆめゆめ)忘れるなかれ」
「………………」
男爵は再び拝手して頭を下げた。
シャセキは心にある情を疑っているのだ。
転生した肉体と記憶は元々はシュレリア男爵の物。
当然ながら参謀は疑うのが商売だ。
今でも疑念は払拭しきってないだろう。
ならば忠義の為、敵である以上は娘一人でも生かす訳にはいかない。
男爵は数々の修羅場を越えた双眸に力が篭った。