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井の中の蛙大海を知らず(シュレリア男爵サイド)

 

3


「荘子曰く、井鼃は以って海を語るべからざるは、虚に拘ればなり。夏虫は以って冰を語るべからざるは、時に篤ければなり。曲士は以って道を語るべからざるは、教へに束ねらるればなり」


 男は独り言のように詠む。


 井の中の蛙と海のことを語ることができないのは、くぼみしか知らないから。

 夏の虫と氷の事を語ることが出来ないのは、夏の時季のものだから。

 曲士と「道」の事を語ることができないのは、教義にとらわれているから。

 

 即ち、何も知らない者達と解り合える事はないと、男は世のことわりを達観する。


 一般には井の中の蛙、大海を知らずの方が分かりやすかろうか。


 顎に髭を蓄えし者、鋭き鋭利な刃物の如き眼光で血痕が付着した石を凝視。 

 側には無惨にも引き裂かれた侯爵だったものがあった。


「貴様には恨みも何もないが、今は生まれが悪かったと諦めて静かに眠れ。輪廻転生、いずれ復活するその時まで」


 鎮魂または念仏を唱えるように独りごちる。

 男は墓標に見立てた石へ、持っていた小瓶の酒をかけた。

 仮にも上司だった者へ、この者なりのせめてものの手向け。

 そもそも石には魂を鎮魂する効果があると信じられてきた。

 西洋や中華では石版、日本は石の塊。

 石を墓にするのはこういう理由かもしれない。


「暗部どの死者への祈りですかな」 

「名を捨てた者が最後に残した生への執着。シャセキ様どうぞお笑い下さい」


 従軍中郎シャセキ・ハクメイはシュレリア男爵の事を暗部と呼ぶ。

 暗部とは魔王国高官直属の影の組織。

 彼らは名を捨てた時より決して歴史の表舞台に立つことはない。

 その活動内容は、主に諜報活動や暗殺や隠密任務。

 特筆するのはそこに敵味方は関係しないという事。

 言うなれば秘密警察や忍者とか公儀お庭番と同じ部類だ。

 だからシャセキも男爵を丁重に扱う。

 

 影の役目は男爵の体を手に入れる以前から続けていた。

 スタンドライオ王国侵攻計画に携わる前から。


「いやいや、何を言われるでござる。幾ら敵とはいえ死者への供養に何の間違えもありませぬよ」


 獣人ワーカメレオンの飛び出している目玉が回った。

 この間、前を通ったハエを反射的に長い舌で捕らえ飲み込む。

 ただし、虫ケラは別と言いたげだった。

 

「ありがたき幸せ。流石はバクリュウド将軍の懐刀。仰る事が一言一句勉強になります。無学の浅はかな私には頭が下がるばかりです」

「なんのなんのでござる。暗部どのこそ、相当な切れ者とお見受けします。とてもとても無学とは思えない」


 互いに本心は語っていない。

 そう、法を徹底的に敷いている魔王国に味方はいないのだ。

 それはいつ密告されるか分からぬ恐怖により支配しているからに他ならない。

 

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