誇り高き義を体現するリザードマンの矜持
「師匠ぉぉぉぉ!」
「情けない。神聖な死合いを、戦争を、貴様は馬鹿にしているのか!?」
剣美伯の二つ名を持つ騎士団十本槍の一人が、敵前逃亡中に一太刀で斬殺。
実に笑えない冗談だった。
「あれが本気なら、私は奴に遊ばれているだけだっちゃか?」
真実に気づいたとき、ヴァージニアは怒りと羞恥心と絶望を同時に味わっていた。
仮にも自分では太刀打ち出来なかった師匠をいとも容易く、蟻を踏み潰すと大差ない勝ち方をしたのだ無理もない。
だが、命懸けで伯爵が作ってくれた隙を、このまま生かさない手はないと冷静に判断した。
「娘! まだ俺の宣言は有効だ。死にたくなかったらここから立ち去れ!」
「本当か?」
「誇り高き戦士に二言はない!」
「くっ……ゴスロ伯様の死を無駄にしない為にも、今のうちにここを離れるだっちゃ」
ヴァージニアは個人的感情を押し殺して、囮になっている間に遠くに離れた兵士達を確認すると、脱出ルートを見極め離脱を開始。
何故だか敵であるバクリュウキョウの言葉を信じた。
理由は分からない。
ただ、武人として信じるに足ると踏んだのだ。
「逃げるだか?」
「違う、戦略的撤退だっちゃ!」
残っていた副長と共に、一騎当千級の化け物から離れる。
不甲斐なさに少女の瞳から涙が溢れていた。
あまりにも格が違う相手では逃げるしか道はない。
「……………………」
「伯長?」
「動くな命令だ」
バクリュクキョウは約を守り何もせず、遠くに駆けていく少女達を見送った。
「バクリュウキョウ様、何故に逃がすのですか!?」
副官のリザードマンが不服そうに詰め寄る。
「俺の個人的主義だ」
「そんな横暴な」
「不服か?」
一仕事終えた武人は血を吸ったおのが魂を部下に預ける。
重量があるのでゴブリン兵達が十人がかりでヨロケながら運んでいった。
「……直ぐに追っ手を差し向けます」
「待て、見逃してやると言った手前、追撃したら男のすることじゃない。俺の風評をこれ以上下げる気か?」
これがバクリュクキョウという男の矜恃。
元々この強襲には男らしくないと否定的であったので、名指しで指令がきても乗り気ではなかった。
少女達を見逃したのはそんな後ろめたさもあったからだ。
ちなみに風評とは、有り体に述べると噂を指す言葉。
新聞、テレビ、スマホがない時代、商人または旅人からもたらされた評判が酒場や井戸端会議を経て、その出来事や人物を形付けていた。
化け物じみた伝承やおとぎ話が残っているのも、噂におひれはひれが付いた結果である。
「しかし、作戦は敵の全滅。一兵残らず殺すことです」
「うるさい、腹が減った。追い掛けるのは飯の後だ。それで手を打て」
己の数倍体格が大きい上官に物怖じせず論ずるが いつもの悪い癖が出たと、去る獲物を尻目に副官は主に拱手、諦め嘆息する。