これが貴族ホーキンス侯爵の戦い方
「…………シャセキ殿よ、これはどういう意味なのだ? 抽象過ぎて理解に苦しむ」
「ふむ、これは栄光や不名誉などのメンツの事より、自分自身を何よりも第一に愛せというもの。そのように自身を大切にして労るものこそ、他人の身を案じ愛することができる。そういう人にこそ、まつりごとが任せられるのだ。即ち、大事を成したいのなら、世間の価値より我が身を大事にせよという事ですな」
ロウシってあの老子?
いやいや、まさかね。
ハルトはまさかの聞き覚えのあるワードに内心胸が踊った。
老子とは正式名称は老子道徳経という書物で、中華春秋戦国時代の思想家である老子|(諸説あり)が書き記したものと伝わっている。
異世界である筈のここにその思想が伝わっているのかはまだ不明だが、類似しているだけだと説明するには偶然過ぎた。
「何と言われようが答えは同じ。しかしだ。互いに矛と盾で戦わしたところで永久に結論は出ない。然らばどうであろうか、ここら辺で妥協点を探ってみるのは?」
「ふむふむ、妥協点ですと?」
シャセキは興味を持ったのか身を乗り出す勢いだった。
目玉が不気味にぐるりと一回転する。
問答の次弾装填を見合わせる価値があったと言うことであろう。
「ほうじゃ。バクリュウド将軍はわしを迎えたい。しかしわしは王家との絆を第一とする。ここに平行線が出来る。ならば一体どうすれば良いか? 答えは簡単だ。双方にとって有益な代わりの案を提示する」
「なるほど、それが妥協点。しかして何をもって合意とするものか興味があるでござるな」
「シャセキ殿の言葉はわしも共感が持てる。領主として騎士としてのプライド捨て、己を大事にする。何て良い得て妙なのだ」
「おお、分かってくださいましたか! 分かってくださいましたか!」
興奮して侯爵の手を握ろうとするが、「………………」すかさずシュレリア男爵が腕を掴み阻止。
「しかしながら、わしは皆の命を預かっている身、ロウシと言ったか? 実に素晴らしい思想だが、軽率な行動は取れない。そこでだ。ここはシャセキ殿へ借りを作るのはどうであろうか? この場を見逃してくれれば近い将来、何か困ったことがあればどんな事でも力になろうぞ」
「………………ほほう、それは魅力的な提案ですな。これぞ奇貨居くべし。投資するには良い材料だ。城を壊すのなら内部からともいう。手札は多いことに越したことはないでござる。それに本当なら媚び諂う場面、そこを堂々とした態度で交渉、実に素晴らしい」
ホーキンス侯爵の切り返しが見事だったのだろうか、シャセキは欣喜雀躍する勢い。
しかし、外野のハルトは見逃してなかった。
その裏腹に予想外だったのだろうか、次の言葉がその大きな口から出るまで間があったのだ。