ロウシ曰く
変態、なにこの茶番劇? それにこの陽気な奴は何なんだっちゃ? と、小声で気づかれないように隣人へ問う。
交渉人だよ。
交渉人?
そう、相手を承伏させるか、双方の妥協点を提示するのが仕事だね。
その位はわかっているっちゃ!
相手は相当な弁舌家だよ、しつこいセールスマンと良い勝負。
それにしても侯爵も嘘ばっかりだっちゃ。
嘘?
本当は自分だけでも助かりたい癖に、諸侯の前だから見栄はっているちゃ。
それもあるけど、交渉って如何に相手から良い条件を引き出せるかが鍵なんだよ、だから侯爵も自身のカードを相手には見せないんだ。
難しいだっちゃ。
侯爵もここから難を逃れる方法を模索している筈だよ。
ハルトは生で見る本物の縦横家へ期待の眼差しを送る。
縦横家とは、古代中華の思想家の事で、論客でもあり他国との交渉に当たる外交官として活躍した。
「それに加えて、伝説の獅子王騎士団に属する者が、劣っている魔族へ下るなんて後世の笑い者。終生後ろめたさを抱えて過ごす人生など真っ平ごめんだ」
「それは異なことを。魔王国の文明を散々模倣した挙げ句、我等を悪しき者と決めて掛かるのは愚か者のすることですぞ。宗教の教義が人間以外知的生命体と認めないのは知っております。ですが、ですが、それは視野の狭い蛮族の考え」
「何と言われようが、貴族として敵に寝返る訳にはいかぬ。仲間を裏切られるものか」
「模範的答えですな。ですが、私の軍勢を見て分かっておいででしょうが、その先に待っているのは死のみですぞ」
「我等獅子王騎士団の絆は固いのだ。そんな脅しには乗らん」
問答は続く。
双方当たり障りのない範囲で、牽制しながらジャブを繰り返していた。
貴族達もホーキンス侯爵の出方を見守っている。
しかし、そこには上級貴族への忠誠心より、ヴァージニア達には何処か険悪な雰囲気を感じ取っていた。
「ふむ、ならばでござる。我が国にはこんな言葉がございます。――――ロウシ曰く、寵辱には驚くが若し。大患を貴ぶこと身の若くなればなり。何をか寵辱には驚くが若しと謂う。寵を上と為し、辱を下と為し、これを得るに驚くが若く、これを失うに驚くが若し。これを寵辱には驚くが若しと謂う。何をか大患を貴ぶこと身の若しと謂う。吾れに大患有る所以の者は、吾れに身有るが為なり。吾れに身無きに及びては、吾れに何の患い有らん。故に身を以って天下を為むるより貴べば、若ち天下を托すべく、身を以って天下を為むるより愛すれば、若ち天下を寄すべし」
天を仰ぎながらシャセキは詩を吟じる。
両腕を後で組み、足が周回の路面電車の如く進んだ。
結果、ミステリーサークルを製作するみたいに草は横に薙ぎ倒されていく。
その様子は何処か誇らしげで、童が歌を合唱しているように楽しそうだった。