従事中郎 シャセキ・ハクメイ
「うるさい黙れ。もう決めた事だ」
「しかし! 汚らわしい魔族と対話するなど騎士の、貴族の恥です!」
「誰でもよい、早く呼んで参れ!」
反対意見に嫌気が差したのかホーキンス侯爵は幹部達を一蹴。
頑なに固持していると、「――いやいや、それには及びませんぞ! 及びませんぞ!」兵士の制止を振り切り、隊列を掻き分けてそこから謎の人物が姿を現した。
「おおお! 貴方がスタンドライオ王国の誉れ高き俊英ホーキンス侯爵様ですな!? お会いできて祝着至極! 私は天にも昇る幸せ者でござる!」
「そ、そなたは誰じゃ?」
「申し遅れました。お初に御目にかかります! 初めまして! 初めまして! 私は驃騎将軍バクリュウド様の補佐を任せられている従事中郎 シャセキ・イクメイと申します。以後お見知りおきを!」
カメレオン型獣人、ワーカメレオンのシャセキは拝手、恭しくゆったりと一礼をとる。
その際、左右の横幅が広い袖は合わさり、服の模様が繋がると鳳凰の絵が現れた。
古代中華を思わせる文官の礼服。
一見、馴染み深い和服だが構造が多少違う。
袖は手が隠れる程長く、服は全体的に遊びがあり大きめであった。
陰陽五行に従っているのか、赤、青、黄、白、黒の五原色から青を選択、そこに目立たぬ黒色刺繍を施されている。
シャセキが名乗った従事中郎とは、魔族国家『楚』の官位の一つ。
総大将付きの副参謀を司る役職だ。
主に大将に献策や主に成り代わり使者等を担当する。
魔族文化が古代中華に酷似しており、無論、国家体制も後漢から隋時代を彷彿としていた。
「これは御丁寧に。わしはホーキンス侯爵リチャード・イングニオン。軍務中なれば馬上から失礼する」
ホーキンス侯爵領は昔から貿易で栄えていた。
四国と隣接している事もあってイングニオン家は、代々外交には優れている。
これも駆け引きの一つで、馬の上はわざとで、相手に足元をみられないようにする精一杯の大見栄であった。
「なんのなんの、お構い無く。いきなりの来訪、平に平に御容赦を!」
カメレオンだけあって突起している目玉が不気味に動く。
バクリュウド軍は幹部に爬虫類系を置く傾向が強い。
しかし、同族を優遇しているのではなく、ただ単に種族が近い方が作戦を立てやすいのが理由だ。
「うむ。さて聞こうか? わざわざの来訪、御用向きは如何に?」
「はっ! 本日は我が主バクリュウドよりホーキンス侯爵様へご提案をお持ちしました」
「提案とな?」
「はっ」
シャセキはすっと腕を上げると、持っていた茶色い巻物『竹簡』をカタカタと広げ高らかに読み上げる。
竹簡とは竹の札を繋ぎ合わせて作った物である。
用途は書き記す為だ。
魔王国『楚』では既に紙の開発に成功していると言われているが、コストが掛かるのでまだ普及はしていない。
この為、文明的に羊皮紙を使用しているこの国より劣っているようにも見える。