来訪者
「男爵、わしの側から離れるな。わしを守れ。よいな? よいな?」
「侯爵様の仰せのままに」
「歴戦の勇士を側に置いたはこの為よ。わしに成果を見せよ」
馬上で毛皮の気分を味わっているハルトは、人の事は全く言えないが、大人なのに情けないなとジト目を向ける。
同時に侯爵が身分の低い男爵から離れない原因は、ここの隊に頼れる者が誰もいないと理解しているからだと一応の答えが出た。
一方、馬の同乗者は変態の考えに賛同すると言い、情けない臆病者の指揮官に嘆息すると、「何やら先頭辺りが騒がしいだっちゃね」行軍が気付かぬ間に停止したのと何か因果関係があるのか訝る。
「何かあったのかな?」
「分からない。でも、嫌な予感しかしないだっちゃ……」
周囲のざわめきは次第に大きくなってくる。
「ホーキンス侯爵閣下! 魔族軍の使者がここの大将にお目通りしたいと参ってます。如何致しましょうか?」
ホーキンス侯爵の副官が慌てて知らせてくる。
「むむ、使者だと?」
「はっ! 無礼千万な奴です。見せしめに首を跳ねましょう!」
「あそこにいるのも所詮は下賤な魔族。ブラックドラゴンを討伐した我等の受け継がれし血が敗北する要素などありますまいて!」
「閣下! 直ぐに突撃の準備を!」
集まって来た幹部達は口を揃えて徹底抗戦を進言。
神によって選抜されたと思っている貴族が魔族に負ける事など疑ってなかった。
しかし、彼等は知らない。
幾ら血を引いていても、日々の努力を怠っている堕落者に神の恩恵は降りてこないという事実に。
「侯爵様、ここは会ってみるのが宜しいかと。無駄な殺生は出来るだけ避けた方がいい。貴方様の交渉力があれば不可能ではない筈」
「貴様! 男爵の分際で上級貴族の崇高な考えに口を挟むな!」
「田舎者は我等に黙って食料を提供していればいい!」
「どうせ今までの功績も、他者から掠め盗ったものであろうよ」
この中には先程シュレリア男爵に軽くあしらわれた騎士の親もいた。
家名を傷つけられたと此れ見よがしに制裁を加えてくる。
「しかし、魔族と言えども仮にも使者。ここで事を起こせば間違いなく侯爵様は卑怯者と、後のサーガで吟遊詩人達が笑いながら謳いましょうぞ」
「うるさい! 調子の良いことばかり申すな! 元は有象無象の分際で!」
「よい! 緊急事態だ。…………ふむ、交渉ならわしの得意分野だ。会ってみる価値はあるかの」
「はっ。私のような身分が低い者の進言をお聞き届けくださり誠にありがとうございます」
周囲の反対も何事もなかったように振る舞う男爵。
対して尚も幹部達は食い下がるが、首を縦に振ることはなかった。
「「「侯爵閣下どうか御再考を!!」」」
侯爵に付き従う幹部達は声を揃えて引き留める。
己のプライドの為にも、家の名誉の為にも、ここで身分が一般人に近しい男爵の案を受け入れる事は到底不可能なのだ。