8話 聖女
俺は情報屋を尋ね、「ダレーラ」という雑貨屋に訪れていた。
情報屋は、普段は雑貨屋を営業している。
金にがめつい奴で、店の中にある物は、やけに高い値段が付いている。
だがここにしかないものも多く、それなりに売れているようだ。
奴が売っている情報も同じく高い。
結構金を取られるのを覚悟して、それなりに大金を持ってきた。
「この店にいるひとに用があるのですか?」
離れられないのでミリアも来ている。
雑貨屋には気持ち悪い物や、子供に見せたくないものも売っているので、連れてきたくはなかったが、離れられないのではどうしようもない。ミリアも付いてきている。
俺は雑貨屋に入った。
店の中は薄暗く、怪しい雰囲気が漂っている。
「変わったものを売っていますね」
ミリアが店の物をキョロキョロと見る。
「あまり見るな」
「分かりました」
俺が注意したら素直に従った。
店の中には普通の雑貨もあれば、卑猥なもの、気持ち悪い形をした魔道具など、とてもじゃないが子供には見せられないものが置いてある。
店を歩くと情報屋を発見する。
無精ひげを生やした男だ。
黒い髪はボサボサしており、全く整っていない。
目の下にはクマがあり、見た目かなり危ない奴である。
こいつが情報屋、名前はベルシン・ダレーラという。
「よう」
「ん? リストか。何か欲しいのか?」
声をかけると、ベルシンは本を下ろして、俺の呼びかけに答えた。
読書に熱中しているところだと、反応してこないのだが、反応したということは、どうでもいい場面を読んでいたのだろう。
「情報が欲しい」
「何の情報だ?」
「聖女についての情報だ」
それを聞いてベルシンは少し間を置いて、
「何でそんなことが知りたい?」
「……事情があってな」
「後ろのお嬢ちゃん。可愛い子だな」
後ろにいるミリアに視線を移してきた。
相変わらず鋭い奴だ。
「済まないが、なるべく変な詮索はしないでくれ」
「別に詮索するつもりはないさ。少し気になっただけだ。理由を話したくないなら無理には聞かんよ」
こいつは少し性格に問題がある奴だが、今回のところは詳しくは聞いてこないようだ。
「それで聖女について何が聞きたい?」
「全部だお前が知っている情報は全てくれ。金は結構持ってきた」
「そうか……三百ゴールドでどうだ?」
「それだけでいいのか?」
三百ゴールドは少し高めの飯を食べられるくらいの金額だ。
基本的に何でも値段を高く設定しているベルシンにしては、安い値段だと俺は感じた。
「たいしたことは知らないしな」
「お前でもか」
ベルシンはなんでも知っているという印象があったので、詳しく知らないという言葉は意外だった。
「知っているところでいいから教えてくれ」
俺は三百ゴールド、ベルシンに支払った。
「分かった。一般常識的なことは話さなくていいか、知っているだろうし」
「いや、すまん。まったく何にも聖女については知らないんだ」
「まあ、あんたはそういう奴か」
そういう奴ってどういう奴だ。
宗教的なことに疎いのか、それともバカだってのかどっちだよ。
「どっちもだ」
「心の中を読むな」
「さて、聖女ってのは世界四大宗教、アレスト教、ベラス教、ブシャナ教、メグナ教、でそれぞれ神の使いとして崇められている存在だ。それぞれの宗教に一人づつ、聖女と呼ばれている存在がいる」
「ちょっと待て、それぞれで崇められているってどういうことだよ」
「世界四大宗教は教義こそ違えど、崇めている神様は同じだからなぁ。それぞれの宗教で、自分たちの聖女こそが本物でほかは偽物であると主張している。使える力は同じだがな」
「聖女が使う力ってのは何だ?」
「怪我を治したり、雨を降らしたり奇跡を起こす力だ。白魔導士の超強化版って感じだな。連中は魔法とは違うと主張しているが、違いは分からんがな」
「ふーん……」
ミリアが使ったのは守護騎士を任命する呪文だけ。
恐らくほかの術は知らないのだろう。
「ここまでが一般常識。次からが俺の知る情報だ」
「……」
「この聖女には何か闇がある」
「闇……とは?」
俺はゴクリと唾を飲む。
「……知らない」
「は?」
「闇があるっぽいってことくらいしか知らないんだよ」
しばらくベルシンの言葉が理解できなかった。
「は? それってどういうことだよ。闇があるって情報以外は一般常識なんだよな」
「そうだな」
「つまりあれか? 闇があるかもしれないとかいう、誰でも言えそうな情報でお前は三百ゴールド取ったのか?」
「詳しくは知らないって言っただろ?」
「ふざけんな! 金返せ!」
怒ってベルシンの襟につかみかかると、
「じょ、冗談だよ! あんまり詳しくないが、一つ噂を知っている」
「噂?」
「黒い鎧集団の噂だ」
「!?」
昨日の奴らだ。
「教えてくれ」
「ここ最近、黒い鎧を着た犯罪者集団による犯罪が増えている。奴らは若い女を攫って、その女を犯すんだそうだ。黒い鎧の一人が捕まって、拷問して情報を聞き出そうとしたんだが、聞き出せた情報はただ一つ。聖女を堕落させるためにやった」
「堕落?」
「意味はよく分からん。噂にすぎん。とにかくやばい奴らだ」
「……」
「その嬢ちゃんが聖女に何らかの関わりがあるんなら、連中の情報をもっと詳しく知った方がいいだろうな」
あいつらがもしそうなら、ミリアが攫われていたら奴らに犯されていたってことか?
こんな小さなミリアを?
想像しただけで、怒りがこみあげてくる。
噂にすぎないが……。
やはり俺は聖女を取り巻く環境について、知っていた方が良さそうだな。
「聖女について詳しく知るためにはどこにいけばいい?」
「さっき説明した四大宗教の本拠地がある都市だな。おすすめはアレスト教本拠地のミル・クレスト大聖堂があるラーノイスだな。アレスト教はほかのに比べて、教義がまともだ。ここから近いしな。行くならラーノイスに行くべきだ」
「ラーノイスか……」
大昔、少しだけ訪れたことのある都市だ。
確かに巨大な聖堂があったと思うが、あれがミル・クレスト大聖堂だったのか。
「情報ありがとう」
「また来いよ」
俺は店を出て、ベルシンは手を振った。
また来いよか。
もうこの町には戻ってこないかもしれない。
この町から出て、ラーノイスに行こう。
金は永遠にあるわけじゃないが、数か月分くらいはある。
黒い鎧の連中の噂を聞いて、のんきに暮らしているわけにはいかないと感じた。
聖女というものには、何か厄介な事情がある。
それを一刻も早く知らなくては、これから迫ってくる危険を防ぐことは出来ない。
この町にいたのでは、情報を知る事が出来ないのなら、知ることのできる場所に行くしかないだろう。
「ミリア。俺たちは早いうちにこの町を出てラーノイスに行く」
「……あのめいわくをかけてすいません」
落ち込んだ様子でミリアが言った。
「謝るな。ミリアは何も悪くない」
俺は頭を撫でてそう言った。
この子に迫ってくる理不尽があるのなら、俺がすべて払ってやらないといけない。
そう心の底から思った。
 




