5話 夜
ミリアの力になろうと思ったが、態度がもうちょっと軟化してくれないことにはどうしようもない。
昼寝から目覚めたあとも、相変わらずミリアはツンツンした態度を取り続けた。
結局仲良くなるきっかけを掴めぬまま、夜になり寝る時間になった。
ミリアはベッドで寝て、俺は床で寝転がりながら、どうすれば仲良くなれるか考えていた。
あんなに人を信用しない子と、どうやれば仲良くなれるんだろうな。
好きな物を作ってやるとか、一緒に遊んでやるとか、楽しい場所に連れていってやるとか。
いろいろ考えていると、ガサゴソという音が聞こえてきた。
何だ? 侵入者か?
いや、これ……足音だな。
音の大きさからして、子供の……。
その足音は、家の扉の方に向かっているようだ。
まさか。
俺は慌てて起き上がる。
そして扉に向かって歩く。
足音の正体を発見。
やはりか。
「ミリア。どこに行く気だ」
俺に声をかけられて、ミリアはビクッとする。
そして走り出した。
「待て!」
俺も走り、後ろからミリアを捕まえる。
「は、離してください!」
「暴れるな。こんな夜中に一人で出かけるなんて、ただじゃすまんぞ!」
「夜じゃないと逃げられないじゃないですか!」
「逃げるってなぁ……あー、とにかく落ち着けって!」
暴れるミリアを何とか取り押さえる。
しばらくして疲れたのか、暴れるのをやめた。
「お前、どこか行きたい場所でもあるのか? 言ってくれたなら連れていくのに」
ミリアは首を横に振り、
「行きたい場所なんかないです」
「じゃあ、何で外に出ようとした?」
「誰かと一緒にいるのが、いやだからです」
「……あのなぁ。大人になったのならまだしも、お前は子供だ。誰かと一緒にいなければ生きていけんぞ」
「そんなことありません! わたしは一人で生きていくんです!」
ミリアは怒鳴り声を上げた。
「どうやってだよ。生きていくって大変なんだぞまったく」
「大変でもいいです」
「簡単に言ってくれるなまったく。もうちょっと人をしんじるってことを覚えた方がいいぞ」
「しんじるなんてできません! ひとは簡単にわたしをうらぎります! それならさいしょから一人のほうがいいんです! お母さんとお父さんみたいにわたしをすてるんです!」
叫んだあと、ミリアはハッとして口をつぐんだ。
あまり他人に言いたくないことを叫んでしまったようだ。
親に捨てられた……か。
俺はため息をつく。
昔の俺みたいだな、まったく。
こんな子に言葉で何を言っても、そう簡単に考えは変えない。俺がそうだった。
言葉で言っても伝わらないだろうが、これだけは言っておこう。
「まあ、お前は間違ってはいないよ」
「え?」
「その通りだ。人間は他人を簡単に裏切る。信じてもろくな目には遭わん。俺も親には捨てられているし、今日だって仲間に裏切られて最低の気分にさせられた。ろくなもんじゃないさ」
「……」
「だが一つ言いたいのは、俺がお前を裏切ることはない。他人に裏切られ続けた俺は、人に裏切られる辛さをよく知っている。だから俺は絶対に他人を裏切らん」
しっかりとミリアの目を見据えて俺は言った。
彼女も俺の目を見つめてくる。
しばらくすると、ミリアは俯き、
「嘘です……。全部嘘です……。信じられません」
と小さな声で呟いた。
「信じなくてもいい。俺が言いたいと思ったから言っただけだからな。とにかくベッドに行って寝ろ。お前を預かってくれとは世話になった師匠に頼まれた事だ。だからお前を危ない目に遭わせるわけにはいかん」
俺はミリアを抱っこして、ベッドに寝かせる。
疲れているのか抵抗はされなかった。
今回は抜け出せないよう、ベッドの近くで見張りながら寝ることにした。
○
(何なのですか、あの人)
ミリアはベッドで体を丸めながら、物思いにふけっていた。
――俺がお前を裏切ることはない。他人に裏切られ続けた俺は、人に裏切られる辛さをよく知っている。だから俺は絶対に他人を裏切らん。
先程リストに言われた言葉を頭で何度も繰り返していた。
(この人も親に捨てられたって言ってた。じゃあ、わたしとおんなじ? うそかもしれない。でも、うそをついているようにはみえなかった……)
――人に裏切られる辛さをよく知っている。
――だから俺は絶対に他人を裏切らん。
そのセリフを言った時の表情も、嘘をついているような表情には見えなかった。
(もしかして……この人なら……あの呪文を……)
ミリアはそこまで考えて、首を横に振る。
(だめ、絶対に信じてはだめ……!)
他人は絶対に信じない。
ミリアはとある出来事のあと、そう心に誓っていた。
(絶対に信じない……)
心で強くミリアは念じた。
しかし、どこか心の奥底で、大きく気持ちが揺さぶられていた。




