20話 説明
翌朝、最初に見た光景は、天井に描いてある天使たちの絵だった。
目覚めた瞬間、こんな光景を見たという経験は一度たりともないので、少々困惑した。
三十秒くらい経過して、脳が通常の働きを取り戻してから、大聖堂に泊まることになったんだと思い出した。
傍にミリアがスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。
俺たちが泊まることになった部屋は、二人で寝るには広すぎるくらいだったのだが、ミリアは不安な気持ちが強いのか、俺と同じ布団で寝た。
色々あったし不安がるのも無理はない。
というか、俺自身、不安な気持ちは大きい。
ミリアがいる手前、絶対そんな気持ちを吐露するわけにはいかないけどな。
どんなに不安でも余裕な態度を維持しなくてはならない。
それがミリアを守る俺の役目でもあるだろう。
数分経ってミリアも目を覚ます。
俺と同じく、起きた直後は若干困惑していた。
そのあとシスターが、俺たちの部屋に来て、朝食の用意が出来たと告げた。
シスターの案内に従って、食堂に向かう。
食堂には長テーブルが複数あり、大勢の人間が座っていた。
シスターから、神父さんと思われる格好の人。
子供達も大勢いる。
エメルテアやイリーナたちの姿もあった。
俺たちは席に案内される。
隣の席にイリーナがいた。
「おはよう」
「……おはよう」
少し微笑みながら挨拶をするイリーナに、俺は無表情で対応した。
「逃げなかったのね」
俺はその問いには答えなった。
実はあまり厳重に監視されているというわけではなかったので、逃げようと思えば逃げることができた。
ただ、結局昨日のエルシーダ会についての話が頭に残り、逃げるという選択はしなかった。
奴らが聖女の居場所を特定する事が出来るというのなら、外に出るのは非常に危険である。
昨日は守るという言葉に信用できないと思ったが、エルシーダ会がエメルテアたちの敵であるということは、高いと見たほうがいいだろう。
そのため、連中が大聖堂に来た場合は、撃退する動きを見せるはずだ。
そうなると、一人で戦うよりかは間違いなく、勝率は高くなる。
まあ、それ以前に、この大聖堂のような有名な建物に押し入ってきて、騒ぎを起こすのは流石に難しいだろうしな。
安全性以外にも、一応聖女について教えてくれると言っているので、信用は出来ないが一応聞いておこうと思っていたのだ。
「あなたの判断は間違ってないわよ。外に出たら子ウサギのように、エルシーダ会の連中に狩られてたわ。ミル・クレスト大聖堂には、防衛機能が備わっているし、簡単に連中が入ってこれないようになっているの。さらに私たちもいるし、かなり安全な場所なのよ」
防衛機能ね。
どういうものか分からないが、本当ならここが安全であるというのは確かなのだろう。
朝食がシスターたちに運ばれてくる。
野菜スープにパンとミルクと、まあ、普通のメニューだった。
全員が祈りを捧げるが、俺たちは無宗教なので何もしない。というかどうすればいいのか分からない。
それについて咎めてくるものはいなかった。
朝食を食べた後、イリーナについて来てと言われたので、一応従う。
イリーナとその守護騎士のリリナに、俺たちはついて行く。
案内されたのは少し狭い部屋で、椅子が複数ある。
「座って」と言われたので、俺とミリアは椅子に腰をかけた。
イリーナとリリナも椅子に座る。
「聖女と守護騎士について、詳しく知らないのですってね。大司教から教えろと言われたので、教えてあげるわ」
どうやら今から詳しい話をするみたいだ。
「私たちはね。大聖女様を守護したり補佐したりするための存在なのよ」
「大聖女様?」
「世間には、アレスト教にいるただ一人の聖女様と呼ばれているお方よ。我々は大聖女様と呼んでいるわ。もっとも、関係者以外の人と話すときは、聖女様と呼んでいるけどね」
そういえば最初ベルシンから、各宗教に聖女は一人であると説明を受けた。それが大聖女か。
その大聖女以外にも、公になっていない聖女が何人かいるということか。
そしてその聖女が、大聖女の護衛や補佐のため働いているのだろう。
「大聖女様は、我々でも気軽にお目にかかれる存在ではないわ。近辺を守護する役目の者でも、顔を見ることはそうそうないと言っていたわね」
「聖女ってのは何人いるもんなんだ」
「それなりにいるわね。アレスト教だけでも三十人はいるかしら」
想像以上に多い。
「聖女にも色々役目があってね。近くで大聖女様を守護する役目であったり、大聖女様の行う儀式の補佐をする役目であったり、私たちみたいに、大聖女様に危害を加える可能性のある危険因子を取り除く役目であったり」
「俺たちは危険因子であると判断されたわけか」
「そうね。今、特に危険であると判断されているのは
エルシーダ会とギャレク教ね。あなたはギャレク教に関わりがあると疑いがあった。昨日晴れたけどね」
「なぜ俺たちが、そのギャレク教とやらに疑われたんだ」
紋章がどうたら言っていたが、はっきり言って意味がわからなかった。
「あなたの額に出た紋章が、忠義の聖女の紋章だったからよ」
「それで説明したつもりか。意味がわからん」
「聖女が聖女の力を使えるようになるには、聖女球が必要だわ。拳くらいの大きさの球で、普通は持っても何も起こらないけど、才能のある子が持てば、それが体に取り込まれる。そうすると、聖女の力を使えるようになんだけど、その時、紋章が体のどこかに刻まれるわ。その子にもどこかに紋章があるはずよ」
「ミリアに紋章が? あるのか?」
「あります」
あるのかよ。
ミリアは服を少し恥ずかしそうにあげて、お腹のあたりを見せた。
そこには紋章が刻まれていた。
「そういば、リストさんのおデコに出ていた紋章は、これと同じもようでした」
「ふむ……」
「守護騎士は普段は体に刻まれてないけど、術を使うことで、額に表示させることができるわ」
エメルテアがやったのはその術か。
「この紋章の模様は、聖女球によって違うの。この紋章は忠義の聖女球を取り込んだ聖女に現れるものだわ。そしてその忠義の聖女球は、ギャレク教に最近盗まれてしまった」
「それで、俺がギャレク教の関係者だと疑いがかかったわけか」
「そういうことね」
理由は分かったが迷惑な話である。
疑うのは、まあ仕方ないにしても、もっと話を聞けよと思う。それだけ、ギャレク教の連中に対する警戒心が強いってことなんだろうけどな。
何をしたんだギャレク教の連中は。
「だいぶ話したけど、一つ提案があるんだけどいいかしら?」
「提案?」
「あなた私たちの仲間にならない?」




