2話 家に帰ると
「クソ……何だってんだよ……」
俺は最低の気分で、家路に着いていた。
俺がどんな思いで九十日間、過ごしていたか。
見舞いに来なかったのも、俺が心底どうでもいい存在だったからなのか。
確かに俺は、トルダの奴を助けたのに。
こんな扱い受けるなんてあるのかよ。
何なんだよマジで……。
あいつら仲間じゃなかったのかよ。
クソが……!
考えれば考えるだけイライラしてくる。
近くにある看板を、蹴っ飛ばそうとして、寸前で止める。
さすがに迷惑だ。
それに物に当たるなんて、みっともないだろう。
歯を食いしばり、何とか苛立ちを抑えた。
「はぁ~~~~」
ため息は幸せを逃がすというが、そんな話おかまいなしに、俺は盛大にため息をついた。
なんかもうどーでもよくなってきた。
俺は歩くのをやめ、近くにあった壁に寄りかかる。
思えば俺の人生こんなことばっかりだ。
信頼していた他人に裏切られる。自分の居場所だと思っていた場所から追い出される。
そんな事の繰り返しだ。
最初にそういう目に遭ったのは、四歳の頃だ。
両親に捨てられた。
理由ははっきりとは分からない。
ただ苦しそうな生活だったから、たぶん俺の面倒を見きれないと思い、捨てたんだと思う。
それから、何度か拾われていいように使われて、捨てられてきた。
捨てられる度に、もう二度と他人などに期待してやるものかと思うのだが、結局期待し裏切られてしまう。
根本的に馬鹿なのかな俺は。
他人を見抜く目が、皆無だからこんな目に遭って来たのかもしれない。
裏切らなかったのは師匠だけか。
俺には師匠がいる。九歳の頃、俺を拾い剣術を教えてくれた男だ。
師匠だけは俺が一人前の剣士になるまで、五年間面倒を見てくれた。
冒険者として独立したら、俺は一人で生きるようになったので、そこからはあまり会っていない。
冒険者になってからは、ずっとあいつらと一緒にやってきた。
ここが俺の居場所なんだと思っていたんだけどなぁ……。
「もう、これからはソロでやっていくしかないか」
俺はそれなりに経験も腕もある。
探せば新しいパーティーに入ることも可能だろう。
しかし、あんな目にあって、こんな最低の気分にさせられて、もう一度誰かとパーティーを組みたいとは思わなかった。
ソロで冒険者をやっている奴も、いるにはいる。
簡単な場所しか行けず、効率が悪くなるのが難点だが、それでも食っていけるくらいは稼げるはずだ。
もうパーティーを組むのは、やめにするか。
誰かに自分の居場所を求めるのはもうやめよう。
自分で自分の居場所を作るんだ。
もう子供じゃない。そのくらいできるはずだ。
「よし、そうしよう。俺はこれから一人で生きる!」
俺はそう決め、壁に寄りかかるのをやめて自宅に戻った。
○
「……何だあの子」
俺の自宅の前。
古い家を格安で購入した物だ。
雨漏りはするし、虫も頻繁に出現する。いい家とは言いがたいが、子供の頃の家がなかった時期を考えると、あるだけましではある。
そんな自宅の前に、見慣れない少女が立っていた。
肩まで伸びた水色の髪。
雪のように白い肌。宝石のように綺麗な青い瞳。
顔の造形は人形のように整っている。
黒い地味な服を着ている。
教会のシスターが着るような服だ。
身長は低い。子供である。
年齢は二桁はいっていないだろう。
その子が微動だにせず、俺の家を見つめていた。
俺に何か用なのか?
あの子には見覚えがないから、知り合いの子か?
とりあえずなぜ俺の家の前にいるか、尋ねてみるか。
「あの君」
俺が声をかけると、一瞬少女はビクッとした。
そして俺の顔を見つめる。
「ここの家に住んでいるものだけど、なんか用?」
「……」
少女は喋らない。
無言で俺に何かを渡してきた。
これは手紙だな。
どれどれ……差出人は……メダロス・バルボーダ。
師匠じゃないか!
メダロス・バルボーダは、俺の師匠の名前だ。
この子は師匠と関係があるのか。
手紙を読んでみる。
『親愛なる弟子リスト・バノンへ。
君がこの手紙を読んでいるということは、水色の髪の少女に会っているだろう。
その子の名は、ミリア・アーシア。歳は7つ。聖女の力を持つ、特別な少女だ。わけあって、しばらくのあいだ、ミリアを君に預かってもらいたい。いきなりなお願いだが、ほかに頼れるべきものがいなかったのだ。君が信用出来る人間だと思ってのお願いだ。頼む。君が引き受けてくれなければ、大変なことになってしまう。必ずいつかミリアを迎えに行くから、その日まではどうか預かってくれ。
メダロス・バルボーダ』
とんでもない内容に、俺はしばらく言葉を失った。




