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神縛り(かなしばり)

作者: 水無飛沫


長いこと向き合っていたPCから目を逸らせて、両手を上げて伸びをする。

カーテンが薄く色を持ち始める時間帯。

間もなく夜が明ける。いや、もしかしたらもう明けているのかもしれない。

そんな曖昧な時間帯だ。


徹夜覚悟で取り掛かっていた作業も、ギリギリといえるレベルで無事に終了した。

達成感と開放感が心を支配しているが、手先が少し震えている――脳内麻薬アドレナリンでも出ているのかもしれない。

ラストスパートでの己の集中力に満足して、部屋の明かりを消す。

外から隙間を縫って入り込んでくる白みに少しだけ絶望する。

布団に入り込み目覚ましをセット。よかった。この時間なら2時間程度は睡眠が取れる。

深く息を吸い込み、息を吐く。

布団を首元まで引き上げ、仰向けになり目をつむる。


パラパラと外に響く音が聞こえる。

今日の天気は雨か……普段の自転車通勤とは違い、明日は電車通勤。……めんどうだな。

そんなことを考えていると、疲労は既に限界であったのだろう、スゥと意識が落ちていく。


それからすぐのことだったように思う。いや正直に言うと、眠っている間の時間の感覚などなかったのではあるけども。

いつからか部屋の空気は凍り付いたように冷たく、妙な耳鳴りすら聞こえるようになっていた。

怖気が走る、とはよく言ったものだ。この感覚は正にそう表現せざるを得ない『厭な』予感/空気であった。


寝ている己の少し開いた足の隙間、そこに何か丸い、小動物のような質量と温もりが乗っかっていた。

咄嗟に……そう、無意識に飼っていた愛犬だと思い込み、いつもの癖で、己の安眠を妨げるその寝床を荒らすべく足を軽く蹴り上げた。


――その刹那、全身に衝撃が走る。


ビリビリした感覚に驚き身体を動かそうとするが、身体は痺れてしまったように全く動かない。

金縛りだ。

解く方法は知っている。(それが肉体の構造起因であろうが霊的な起因であろうが)身体の一部を動かして、霊に対して己の優位性を示せばいいのだ。

けれども普段であればどのような起因であれ動かせるべき部位が、この時ばかりは言うことを聞いてくれなかったのだ。


(どうして指先すら動かない!?)


身体のいづこかでいいから動かそうと焦る頭の中で、当たり前のことに思い至る。

……じゃれ合ったと思っていた愛犬はもう数年前に亡くなっている、と。


では、これは何だ? 一体自分は何を蹴り上げた?

そんなことを悠長に考えている暇もなく、気圧が一気に変わったような、水の中に沈んでいくような違和感が走り抜ける。

仰向けに寝る顔のすぐ左側から、何者かの吐息が聞こえる。

それは何ごとかを呟くと――ぬちょり――濡れた舌を、耳内に侵入させてきた。


ガサガサ、ピチャピチャと形容しがたい音と感触で、左耳全体を染め上げられていく。

まるで水に潜った時の耳を浸されるように……。


――耳を犯されている。


それ以上でもそれ以下でもない。執拗に左耳だけを狙った愛舐。

身体は動かず、ただひたすらに為すがままにされる。

恐怖と苦痛と、そして少しだけ芽生えた快楽に、意識を手放すことも許されなかった。

どうしてこんなことになっているのか理解もできないが、それでも、異質な形で愛されていることだけは理解できた。

舌が耳の穴を犯す感触が、痛くて、どこか心地よい。

その二律背反と恐怖の中で意識は覚醒してしまい……


…………


気が付くと、目覚ましが鳴り響いていた。

いつの間にか眠っていたらしい。

……とはいえ、全然眠った気がしない。

覚醒した頭のまま眠ったせいだ。


行き場のない悪態をつきながら通勤のため電車に乗る。

未だ左耳は水の中を漂っているように重い。

気にしないようにしながら満員電車の中、左目を瞑る。


……冬の終わりを告げるような春先の雨が、景色を滲ませていた。




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