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2.問題だらけの学校


 国算英、そして生活状況調査なるアンケートまでの一切を終えると、もう日が落ち始めた誰彼時へと向かう頃合い。初日から生徒をこんな時間帯で家に帰すのか……と苦情が言いたくなるが、この学校の生徒をおいそれと襲う馬鹿はそういない。

 SHRなんてものも初日にはなく「帰れ」と「次は来週月曜だぞ」という二言を投げて終わり。終始唖然とする初対面の人たちに対し、初等のころから彼女を知っている人たち慣れたもんだと平常だ。いや、それが狂った感覚なのかもしれないが。 

「ユウ、一緒に帰ってあげるよ」

「え、なに、ツンデレヒロイン? だったらツインテールでお願い」

「いやいやそこは金髪お嬢様でしょ。王道を知り王道を行け」

「天邪鬼なもので」

「ツインテールも十分王道の域だけどね」

 なんて会話のせいだろうか、周囲半径三メートル以内に人がいなくなったのは。

 いつの世も世知辛い、ジャンル問わずヲタクにとっては。

 二人は何を隠そう極度のヲタクである。それも現代では特殊な(・・・・・・・)『二次オタ』というやつだ。

今やアニメーションと言う概念はその枠を超え三次元に進出している。それが堪らなく気持ち悪い。紙媒体の漫画や小説、そして遥か昔のアニメのほうがよっぽど完成度が高いし、そのキャラクターが『生きている』感じがある。

しかし、下手に現実に出て来てしまったキャラクターたちは、それに劣る。普通の人々の目は欺けようとも、僕は無理だ。どうしても細部まで見てしまうし、それに体質上、拡張現実だのアンドロイドだのは合わない。

まぁ、そんな人間ごく少数。だからこうして彼女という存在が貴重となるのである。

 完全下校時刻までにまだ時間があるからか、多くの人は周囲と交友関係を築くために努力しているようだ。中学生にとってボッチは敗者とニアリーイコールだからな。

「いいのか、オナカマサンを作らなくて」

「大事なのは、仲間作ることではなく、敵を作らないことである。って私は思うんだ。だから一番敵にしたくない人を味方につけることから始めようかなぁーと」

「僕は星五キャラですかそうですか」

「限界突破して星六かもね」

「最大値いくつよ、それ」

「しーらない。でもプライオリティ高いのは確かだもん、だからいいの」

「さいですか」

 ことこと上履きを鳴らし歩く、まるで人気のない廊下。

 実力テストと生活状況調査を行うのは上位四クラス。つまり、入試成績優秀者が集う特化クラスのA組、B組。そして優秀な留学組のI組、J組。詳しい理由は知らわれていないが、人数が人数だ。最低限採取したいデータを入手しようとしているのだろう。だから他クラスの生徒はもう下校を終えているはずだ。

 南西の螺旋階段を下り、保健室沿いにまっすぐ進めばすぐに下駄箱だ。斜めに差す橙色の光が生む影は、とある日常のたった一幕でありながらも、実に幻想的。

 校門を出て右を向けば帰路、西日が緩い上り坂の頂点にちょこんと顔を出す。広い道幅は、たった二人が歩くにはあまりにも大きい。

 言うまでもなく、この学校はとにかく広い。小中高大、全てが収められるほどだ。その為、敷地内では学校運営のバスが用意されている。しかしそれの利用は条件付きだ。一般の利用者ならば毎月お金はアホみたいに取られるし、免除される優等生ないし推薦特待生組も少数。だのに通常満員だ、嫌なことこの上ない。

 まぁそれでも利用するのが賢い選択だ。しかし、始業式の日は一本たりともバスはなく、僕らはどうしようもない帰路を頑張って歩くしかない。

「あ、そうそう知ってる? 中学校には『プラチナピン』って制度があるって」

「あぁ、校則にそんなのあったな。『プラチナピンの着装は推奨する』だったか。あれやっぱり買わないといけないの? 僕、プラチナ買う余裕ないけど」

「ちがうちがう。総合成績で学年上位各五名に配布されるみたい、節目ごとにね。で、プラチナピンには色々特典があるみたい。詳しくは保持者しか知らないんだって」

「ほぅ……」

 中学校独自の制度、ということか。あの校長、面白いのは見た目だけじゃないらしい。『プラチナピン』について詳しくは知らないが――いやまて、僕は馬鹿か。

 一見奇妙に見える光景だが、ここ(・・)では珍しくもない。彼のしていることはデバイスの操作。そこに在る訳ではないが、彼はそこにあると認識している。視界には無数のウィンドウが映り、それに『触れる』ことで操作可能だ。機能は無数に及び、追加することも改良することも可能。ただし使用は敷地内でしかできない。大本の情報統合体(ネクサスシステム)がここにしかないことが大きな原因。

こんなことの為に用意していたのだと、彼は学校支給の『基礎デバイス』を外す。そして取り出したケースに入っていた眼鏡をかける。否、それは眼鏡であって、そうでない。正しくは改良デバイス、彼の個人所有物だ。首に装着された本体に接続し、彼はまた虚空を弄り出す。単なる接続先の変更、手早く済ませ、隣を歩く時雨に見守られながら、開いたウィンドウには『検索』とあまりにも簡素な文字があった。

「あ、あった。へー、こりゃすごい。バス・学食の利用無料、エレベーター使用許可、遅刻許容――まだまだあるぞ」

「うーん、確かにそれも凄いけど……どこに書いてあったの、それ」

「先輩たちの会話データに検索かけたら出て来た。SNSとか校内掲示板とか通話アプリとか、まぁ色々だけと、デバイス通せば全部ネクサスシステムに最低三年は保存される。それを利用しただけ」

「え、何それ便利。どうやるの?」

「おいおい、こんなの合法的なわけないだろ。ハッキングだよ、不法侵入」

「うっわぁ、さらっと犯罪告白されちゃったよ」

 僕は悪くない、悪いのは侵入できるようにプログラムした設計者だ。それに、こんなちんけなものじゃ、最深部までは潜れない。所謂、個人情報に大きくかかわるパーソナルインフォメーションというやつだ。ネクサスシステムの情報は膨大だ。わざわざ重要度の低いデータまでチェックする程スペックに余裕はないはず。僕の犯罪は、つまり彼女が黙秘すれば露見することはない。

 はい、万事解決。

「……おい時雨、心なしか長くないか」

「仕方ないでしょ。小学校の頃みたいに近道もないんだから。嫌?」

「まぁ。人生、移動以上に不必要な時間はないしな」

「ふぅん、そ。私は嫌じゃないけどなぁ」

 含み笑いを浮かべる時雨。僕には心を読む力ないから当たり前なんだろうけど、彼女の考えていることが良く解らない時がある。思考パターンを理解しているなどと豪語したが、それは「問題」が明確化されているからわかるのであって、こんな状況じゃ推測のしようがない。しかしそれでいいのだ。深く踏み込めば、また何かを失う。また何かを壊す。土足で踏み込んだ庭が、また同じ景色に戻ることはない。だから妙に人と距離を置いてしまう。こんなのは良くないのだろうか。

「あー、面倒な事考えちゃったわ、お前のせいで」

「えー私何もしてないよ」

 畜生わざとらしい……逆で僕は心を読まれるからなぁ、本当にどうしようもないよ。


――結局下校には小一時間ほどかかった。ふざけんな。


 制服を脱ぎ捨て、部屋着を羽織るとすぐに向かうのはパソコン画面。

 僕は己を可能な限りデータに反映させている。なにせ僕の能力はステータス振り、こうして見て管理すると効率が良い。

 僕の能力は、成長方法が独特である。成長にも何種類か存在しており、一番重要なのが『ポイント』を稼ぐことだ。その方法すらも多種にわたり、僕ですら全て知っているといいきれない。いつ成長したかを調べるためにも、こうしてデータ化するのが一番なのである。

 脳の負荷に対する【代償】が若干減ったな。あそこまで連続で能力を使い続ける事なんてなかなかないから、まぁ(うなづ)ける。しかし今日はポイントの取得はないようだ。今日は特に取得条件を満たすようなことをしていないからな。

 それに、そんなおいそれとポイントが上昇されると、逆に困ることもある。僕のポイントは完全にステータスの配分性だ。それは、思考力や記憶力、何なら語彙力までもがこのポイントに左右されてしまう。極端な話、今思考力をゼロにしてしまえばその瞬間、赤子と何ら変わりないレベルまで落ちてしまう訳だ。しかも、ポイントを使わないで放置することができない。まぁ、その感覚が掴めないというのが現状なのだが。ただそれだけなら正直なんら問題ないのだが、僕の能力の使用法が変わることで問題が発生する。僕はポイント振りを『基礎値』から割合で行うのだが、例えばそこで数ポイント考慮していないものがあったとする。一ポイントだけでもその力は絶大だ。何かを殴るとして、それは加減を誤ることに繋がり、最悪自分の身を滅ぼす。

 あぁ、僕は臆病だ。

「でも、そんな自分が嫌いじゃないんだよなぁ……」

 自嘲気味に零す独り言。まぁ、僕はそういう人間だから、仕方ない。


――チロリン。


 パソコンの右端に現れる通知、『暮』というアカウントからのメッセージだ。何度見ても可笑しくて仕方ない。小学校の頃に、「時雨の『ぐれ』からもじって『(くれ)』でいいんじゃない」とアカウント名の相談を受けたから提案すると、気に入ったらしく翌日からこれだ。まったく、変わった趣味をしている、僕が言えることじゃないが。

『明日、放課後空けておいてね。三丁目のほうにあるデパートでセールやるみたいだから、食料調達手伝ってよ』

「僕はお前の召使いかよ」

 毎度のことだが、然も当たり前のように僕を使うな。そりゃ毎朝女子中学生がつくった意外と美味いご飯を食べられるのは幸せでしょうよえぇ、それは認める。だが働きたくないよぅ、外出たくないよぅ、人混み嫌よぅ――なんて嘆きながら返答は『OK』なのだから、もう僕優しすぎる。優しすぎて相手を思いやるばかりに、つい送信メールにウィルス仕込んでしまった。スマートフォンからひたすらに『カサカサッ』という音が不規則的に鳴るウィルスを。僕優しい。

 満足気味に息を落とし、パソコンを閉じる。デバイスを充電機に挿しこみ、これで僕の一日のサイクルは終了だ。ここからはわけもなく過ごすことが多い。特に決まったことをしないし、夕食だって取らないことも何ならよくあることだ。

 ふと、テレビを点ける。

『のようです。では、次のニュースです。日本東京昇華総合学園の全学部で、入学式が執り行われました』

 現時刻、六時十三分。一貫して人間のアナウンサーを採用しているこのテレビ局は、やはり耳に馴染みやすい。老年の女性アナウンサーが読み上げていたことは、我らが学校のことであった。

 賑やかな小学校の映像から、中学校の入学式へと。ちょうど、綺麗どころの時雨が生徒代用挨拶を読み上げている時だった。中学生を全国放映していいのかと疑問に思うところはあるが、恥ずかしがりながらも大人に気圧されて承諾してしまった姿が目に浮かんだ。あの子、大人、特に男性に対して、気弱くなるところがあるからなぁ。

「ナニコレ爆笑映像? めっちゃくちゃ緊張してるな……」

 表情に出さないのはプロ志向なのかな。目で判るけどね、緊張しているかどうかなんて。これはもしかすると、爆笑映像よりかは貴重映像と言ったほうが、今後ネタ要素が強くなるかも……ちょっと待て。

のんびりとした気分が一瞬で切り替わる。

停止させたテレビ画面、ある一人に目が留まる。別段おかしなところはない、ただのカメラマン。普通はそう見えるだろうが、人の見た目の基準が異なる彼にとって、それは瞬時に察知できた。

「『試験機二十三型』……イギリス軍発祥のオリジナルデバイスだぞ。危なっかしいったらありゃしない、考えるまでもなくスパイだろうな」

 因みにだが、世の中に『試験機二十三型』なるデバイスは存在しない。所謂裏で、イギリスが研究・制作を続けているスパイ用具の一種だ。目や口、耳にも特にこれと言った特徴を見出だせないカメラマンの男。これをスパイと断定できるのは、本当にスパイを知る人間だけ。つまりは僕や校長、あと我らの担任くらいが、学校内では関の山だろう。大方、ネクサスとは衛星で繋がっているのだろうな。案外緩いな、学校の警備。

 少し先の映像も確認する。カメラマンとしての仕事はしっかりと行っているように見える。これでは狙いが――いや、わかるかもしれないな。

 テレビに映る動画をパソコンに切り取り、ファイル変換を行う。何をするかと言えば、単なる画像解析だ。『試験機二十三型』の扱い方は主に二種、一つはデータの収集解析。もう一つは、『電気を利用した、潜在催眠』である。しかも、相手に察知されないために、僅かな量を、長時間当て続けることで潜在的に行う悪質さ。だからこそ、今すぐに対処しなければ手遅れがでてくるかもしれない。

 解析完了の文字が映され、全体的に灰色となった画像を見つめる。カメラからまるで、蛇でも伸びているかのようにその道筋ははっきりとした。

「……時雨。お前は相変わらず、狙われ体質だよな」

 レアな【能力】を持っているのだから仕方ないが、だからといって見過ごせるものでもない。なにせ、僕の朝食が変わってしまうかもしれないのだ。それは困る。

「仕方ない。やったりますか」

 誰にも協力は得ない方が良い。もし、これで無理だと手を引いてくれれば済む話だが、そう簡単なことではないだろう。絶対に、争いは起きる。

 だから、僕の出番だ。


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