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現代物

0回目の恋。

 この小説は、後の祭りと美化されがちな思い出をあくまでフィクションですと主張しながらお送りいたします。

 話に聞くところによると、恋ってのは自分じゃ抑えようのないものらしい。

 相手の何気ない一言で、人生の全てを懸けてきた研究が最後の最後でようやく実を結んだ瞬間のサイエンティストのように舞い上がったり、何の意味も込もってない挙動一つで、甲子園を目前にした県大会決勝で逆転さよならホームランを打たれた投手のように打ちのめされたり。

 何をするにもその人の事が頭から離れず、自分の事はどう思っているのかとか、誰か好きな人はいるのかとか、どんな趣味を持っているのかとか、今どこにいるのかとか、今何をやっているのかとか、今どんな事を考えているのかとか。

 掘り当てた温泉がアニメチックに噴き上がる如く次々に湧き出る、いくら悩んだってしようもない命題に、夢見がちな解答を当て嵌めてみては満足感と充足感に酔い痴れ身を悶え、思い付く限りの絶望的な解答を当て嵌めてみては恐れと不安と焦燥に駆られ震え上がる。

 気になって気になって夜も眠れない、酷く苦しく死ぬほど辛く、それでも求める事が止められないくらいに恋しい。

 なんていうのはまあラブコメいたマンガやドラマから汲み取ったイメージを少々オーバーにしたものに他ならないが、通学中に電車内でかしましく熱いコイバナ談義を展開している女子高生らの声をたまに耳にすると、あながち正しい理解なのかもしれないと思えてくる。

 という事はつまり。

 地元の病院の分娩室でオギャーと栄えある人生第一声を元気よく上げてからかれこれ十七年余りを胸張って幸せだと豪語しながら歩んできた俺は、青春の花形ともいえる恋愛をした事がない、という事になるのだろう。

 思春期への目覚めが周りより大分遅れた俺は、小学校の林間学校では同室になったおマセフレンズの誰が好きだの誰がかわいいだのといった会話にロクに付いていけず、地元市外の学園都市にあるエスカレーター式私立学校へお受験で入学してからの中学時代は声高らかに「共学にしましょうよ」と無駄と分かり切ってる提案をしたり学園祭で遊びに来た女の子達へ果敢にナンパしに行く連中を愉快に眺めていただけで、気付いた時には知り合いだと自信を持って挙げられる名前は楽しい楽しいMy母校is男の花園にしかいなくなっていた。

 お蔭で四六時中気になって気になって仕方ない対象というものができた事はない。

 尤も、別に恋愛に対して多少の憧れを抱いている事は否定しないが、かといって負け惜しみのように色恋に夢中になってる連中を批判するつもりも、学園都市の学校に通ってる故登下校時に必ず視界に入る他校の男女ペアを妬む気もなく、代わりと言うには華に欠けるものの、ヤローのみとはいえ学年全体に渡る交友関係を持ち、ツルピカンに頭皮が輝くまでに髪を刈り上げるくらいには部活にも打ち込めて、人並み以上と自負できる程度の趣味もあり、我ながら充実した青春を送っていると思っている。


 だから、これはきっと恋にはカウントされない、と思う。


 こういう話はした事ないから他の皆がどうなのかは知らないが、俺は思春期が自分に訪れた瞬間を、自覚した。

 中三の夏明け頃、ふと、小学校卒業以来見かけてもいないある女の子の事を思い出して、その時からようやく人並みに異性を意識し始めたのを、はっきりと覚えている。

 女子の友人がいた頃に想いを馳せると、まず最初にその子の顔が浮かぶようになったのも、その時からだった。

 出会ったのは小一の時。ただ同じ市立小学校の学区内に住んでいて、たまたま同じクラスに割り振られただけという、週間少年漫画雑誌の新連載が軌道に乗るのも待たれず早々に打ち切りにされるのと同じくらい有り触れたものだった。

 仲はいい方だったと思う。誰といたいかで何をするか決める近頃の子供にしては珍しく、何をしたいかで誰といるかを決める子・という評価を担任の教諭に下されたらしい俺が、その子とはよく一緒にいた記憶があるから、きっと気が合う奴だと認識していたんだろう。

 俺は皆から、苗字から取って「コウちゃん」と呼ばれていたが、その子からは何故か「お兄ちゃん」と呼ばれていた。どちらかといえば、早生まれの俺の方が年下なのだが、嫌とは感じていなかったと思う。

 もちろん、血の繋がらない妹などという設定に萌えるような神経は高三となった今でも持ち合わせてはいないので、単純にアダ名として、だ。

 小二くらいまでは、よく出会い頭に背中に飛び乗られた。おんぶ状態で、あっちへ行ってこっちへ行ってという指示に俺は素直に従っていた。立場が弱かった訳ではなく、多分それで楽しかったからだ。

 ああ、小二といえば、俺はその子にラブレターとかいうフィクションの中にのみ存在するオーパーツとしか思えない代物を貰ってきた事がある……らしい。エイリアンみたいな目をした妖精のキャラクターがプリントされたそれっぽい便箋に、色ペンを最大限に駆使したかわいらしいマル文字でカラフルに、頬が緩まずにはいられない文が綴られていた……そうだ。

 女の子は男の子より早く精神面が成長するから、その子からしてみれば真剣だったのだろうが、昔から自他共に認められる程精神面の成長が遅い俺は「めんどくさいから」などとのたまって返事を出さなかったという。

 はっきり言って全く思い出にないのだが、母さんが言うにはそういう事もあったようだった。

 何というガキだろうか。机の引き出しから未来の猫型ロボットを名乗る青いタヌキが這い出てくる日が来たら俺は、是非とも幼き日の俺をハッ倒しに行きたい。

 ところで貰い物で思い出したが、一年で最も寒い月のど真ん中・菓子業界の陰謀渦巻くハートな日には、その子はわざわざ俺を校舎裏に呼びつけ、目を背けてお返し狙いだという事をことさらに強調しながらランドセルにギリギリ入るかどうかくらいの大きさのラッピングされた箱を受け取り拒否は許さないといった勢いで手渡してくれた・なんて事もあった。

 こっちはちゃんと覚えている。中学に上がってからというもの、完膚無きまでに縁のない文化である。

 ……まあ、男の花園で縁があったらそれはそれで非常に困るのだが、ともかく、今思えば羨ましすぎな待遇にあった俺が一ヶ月後に何か用意したのかというと、これがさっぱり覚えがない。ハッ倒すだけでは足りない気がしてきた。百烈ハリセン往復ビンタくらいは必要かもしれない。

 最も強く覚えているのは、あの子のお誕生日会にお呼ばれした時の事だ。小学校の頃の思い出はもうほとんど曖昧になってしまっているが、その時の事だけはよく覚えている。

 流石に後悔したんだ。何年生の何月何日かは、忘れてしまったが。

 あの頃は女子達や女子に近い感性を持った男子達の間で、誕生日には友達を家に呼んでお誕生会という日常コメディ物でも滅多にお目に掛かれない素敵イベントを催すのが流行っていて、その年のあの子の会には男子三人女子三人が集まった。当時も交友関係の広かった俺は最早慣れたもので、無難にハローな子猫キャラの手帳をプレゼントしてやった。

 皆であの子の誕生日を祝って、皆で楽しく一日を過ごす、いつも通りのお誕生日会……になるハズだったのに。

 俺が、主役であるあの子の期待に満ちた願いを頑なに拒んで、あの子を悲しませてしまった。

 ダメだったんだ。あの時は。どうしても。

 しかし厄介だったのは他の人のお誕生会ではそれを披露していて、その後ろめたさから理由をうまく説明してあげられなかったことだ。だから冷たい言葉しか出てこなくて、結果、あの子を悲しませてしまった。

 なんて、こんな事も心の底の底のさらに底では後悔していても、常に意識している訳じゃなし、一ヶ月の内丸々四週間は忘れている。絶対来ないと分かってしまっている次の機会こそはしっかり披露してやれるようにと本腰入れて稽古に励み出した、なんて理由も腕を上げるにつれ気にならなくなり、純粋にもっと高みを目指すようになった頃にはもう年に何回かしか思い出さなくなっていた。

 今思うと、あの子はとても分かり易くて、俺は奇跡的なまでに朴念仁、あるいは天の邪鬼だった。

 単に潜在意識が脳内に残留する残り少ない記憶を必要以上に美化しているだけなのかもしれないが。


 たまにふと思い出すと、決まってあの子が浮かぶ。

 しかしきっとこれは恋じゃない。

 ただあの時言えなかったごめんを、今更になって伝えたくなっただけ。

 あの子はもう、そんな事があった事も忘れているだろうけど。


 高校に上がってすぐの頃、皆より三年早く通学に利用していた駅で、地元の中学に通っていた見覚えのある顔をちらほら目にするようになった。

 俺は一体何を期待したのか、電車の待ち時間に意味もなく駅のホームを前から後ろへ行ったり来たり、まるで誰かを探すみたいにウロウロと落ち着き無く動き回った。

 しかし見知った顔の連中の反応は実にそっけなく、というかそもそも何の反応も示さなくって、俺に小学校時代の友人は最早ただの見知らぬ他人であると気付かせるには充分だった。

 仕方ない事だ。成長期に何年も会わなきゃ、誰だかなんて分かりゃしないだろうから。

 どこかで擦れ違ってもお互い気付かないだろう。仮に気付いたとしても、長く接点を持ってない人に振るような気の利いた話題なんぞ持ち合わせていない。

 少なくとも忘れられた俺は、道端に捨てられた歪な空き缶を見かけた時のように見知らぬフリをする他ないのだ。


 これが恋だと言うのなら、俺の初恋は始まった時点でとっくに終わっている。別に四六時中気になって夜も眠れない、なんてこれっぽっちもないし。


 だからもちろん、地元で自主トレする時にランニングであの子の家の前の道を通るのも、気持ちが裏街道へ暴走してストーカー化した、とかじゃない。

 ただ川沿いの道が、近所の爺さん婆さんがウォーキング及び犬の散歩をしに来るくらいランニングに適していて、その道がたまたまあの子の家の前まで延びてるってだけなのだ。

 それでも、一度も見かけた事はないんだけど。

 まあ、どうでもいいけど。別に。あの子がどこで何をやっていようと、俺にとってはシリウスの強い光に隠された隣の星の名前よりも興味のない事だし。

 だから今日も、いつもの様にまだ暗い時間に登校して、都大路を目指す仲間と早朝から汗を流して、うつらうつらしながら授業の大半を睡魔との格闘に費やして、昼休みはクラスの友達とメシ食いながら校則ガン無視でハンティングアクションゲームに燃え上がって、放課後はまた一般ピーポーが一日に歩く距離の軽く十倍以上の距離を走り込んで、ヤローばっかの仲間と共に同じく部活帰りらしい他校のペアを横目に学園都市最寄りの駅へ向かって、途中で下車していくチームメートと別れを交わしていって、乗り換えのターミナル駅で一度改札を出た時に気まぐれでちょっとのんびりしたくなって、クラスの友達とたまに行く駅ビル七階に構えられた雰囲気が好みの喫茶店にフラッと立ち寄って、と、そんな一日の中でだって一度もあの子の事を考えはしなかった。


 遙か昔に知り合いだった人の事なんて、そうそう思い出すものじゃない。


 入ってすぐに突き当たるレジからカウンター席と平行に歩いていき、お気に入りの窓際のボックス席に着く。他に客がちらほらしか入っていないのもいつも通り。この窓から見える駅周辺の商店街のネオンサインや電車・自動車が引いて行くライトの動き、真下をうごめく数多の人影もいつも通り。人工的な明かりに溢れた街の夜景は、薄い星空よりも余程(きら)びやかに俺を楽しませてくれる。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか」

 という声にもいつも通り、相手の顔を見ずにホットミルクティーを注文する。超甘党の俺はこの店の飲み物のメニューで頼めるものはこれしかない。いや、まあ名称からどんなものか想像できないものが多くて、また勇敢に冒険する気も起きないので他のものを注文した事がないからなのだけど。

 だって、もし苦いのだったら飲めないもの。砂糖のサジ加減もよく分かんないし。

 他人と距離を取りがちな現代人? 上等上等。

 俺はここにバイトの女の子を見に来たんじゃなくてボーッとしにきたんだから。

 ボーッとするってのはつまり、ミルクティーを啜りながら夜景を楽しむってコトだ。いつか一人で来たら一度やってみたかったのだ。

 そうする俺の姿は漆黒の詰め襟学制服にツルッパゲという、中々こういう所で黄昏れるにはシュールな絵になってしまうので、今まで一人で来る勇気は無かったのだけど。

 気が向いた時の勢いって、恐いよな。

 などと突発的に働く気まぐれという名の人間の脳に備わった神秘の機能に思考が及び始めた所で、甘ったるい香りを淡い青の花柄の白いティーカップから立ち上らせたミルクティーがカップと同柄の受け皿とセットになってかちゃりとテーブルに置かれた。注文の品が揃った事を確認するお決まりのセリフに適当に答え、柔らかく且つじんわりと広がる濃厚な甘い味わいに下鼓を打ちながら、複数のリズムが混ざり合い次々と顔を変える夜景を空白な頭で堪能する。

 はぁ~、しやわせ。何かボケそう。

 断言する。こんな状態のツルッパゲ詰め襟高校生を見たら俺は引く。

 当然、その自覚があるからこそ人目の少ない所を選んでボーッとしているのだ。

 だからすでに用が済んだハズのウエートレスさんには早々にカウンターの向こうへお帰り願いたいのだが、背後の気配は一向に消える兆しを見せない。寧ろ、何かこちらに話し掛けようとしている気配がある。

 あまりにも見た目がアレだからと無銭飲食の疑いが掛けられているのだろうか。そこまでではないと思いたいが、仕方ない。この甘美な一時の妨げになるような疑いならば一刻も早く晴らさねば。

 俺とて今年は受験生。のんびりしていられる時間は、本当は限られているのだから。

 かちゃりとティーカップを受け皿に戻し、ウエートレスさんに気持ち向き直る。そして、「会計先に済ました方がいいですか」と訊こうとして、

幸田(こうだ)……淳士(あつし)君……ですよね?」

「はい?」

 頭上から尻すぼみな俺のフルネームが降ってきた。思わず顔を上げ、そこで初めて俺はこの店のウエートレスさんの顔をまともに見る。

 見覚えのある顔に凄く似た顔が、不安げに俺を見降ろしていた。

「あの……松浦(まつうら)皐月(さつき)って覚えてる? 小学校まで一緒だった……」

「……あ~、」


 俺は恋をした事がない。ごくごくたまに、通勤通学ラッシュの時間帯に市営バスがきっかり時刻表通りに来るよりも稀な確率で思い出す子はいるが、単にそれは昔の知り合いを懐かしんでいるだけだ。


「えっと……久しぶり。よく分かったな、この頭で」

 小学校の時は普通に髪を生やしていた、ツルツルに刈り上げた頭を掻きながら答えると、その子はパァッと笑顔をみせた。

 消え掛けの思い出の中にある笑顔と、見事に重なった。

「やっぱり! よかった~覚えててくれて。いつ来てもこっちに見向きもしてくれないから本気で忘れられちゃったのかと思ってた」

「いや、うん。なんつーか、今日まで顔見る理由がなかったからさ。顔見れば……覚えてた」


 どこかでばったり会ったとしても、もうお互いに忘れてしまっているだろう。仮に気付いたとしても、何年も会ってない人に振れるような気の利いた話題なんざ持ち合わせていない。

 少なくとも忘れられた俺は、コンビニの前にたむろする不良を横目に素通りするように、気付かないフリをするだけ。


「いっつも三、四人くらいで来るし、顔合わせてくれないから声掛けられなかったんだよ?」

「や、そう言われても……そもそも一人でこういう所に入ったの初めてだし」

「ふーん。今日は何で一人なの?」

「ただの気まぐれ。急にのんびりボーッとしたくなって、ここが丁度よかっただけだよ」

「なんだ、つまんない」

「なにが」

「べっつに。あ、ねぇねぇところでさ、ここ来ると絶対ホットミルクティー飲んでるよね。そんなに気に入ったの?」

「俺は甘党だから、名前見て甘そうなのがこれしかないからこれしか頼まないんだよ」

「えー? 他にも甘いのあるよ。例えば――」

「なに、営業ならお断りだぞ。俺はこれで充分なんだから」

「む、じゃああたしの奢りでいいから一度試してみてよ。えっと、オススメはね――」


 話しに聞く所によると、恋ってのは相手が気になって気になって堪らないらしい。

 だとすると、誰か好きな人はいるかと問われてパッと脳裏に特定の人が浮かんだとしても、別に四六時中気になる相手でもないし、これはきっと恋とは呼ばないと思う。


 でも、この日、取り敢えず分かった事が一つある。


 その子はやっぱり、気の合う奴だった。


 読了ありがとうございました。作者の一休と申します。


 今回は、ひたすらに無駄な歪曲表現を差し込む試みに挑戦してみました。お陰で「ただ同窓生と再会するだけ」の話がここまで膨張。

 びっくりです。

 何かおかしな表現を発見された場合はアドバイス頂けると助かります。

 もちろん、共感した・時間をムダにした・などの感想も大歓迎です。


 では、いつかまたどこかでお会いすることを楽しみにしておりますm(_ _)m

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[一言] どもです。感想第一号で若干ドキドキな旅がらすです。 個人的に、こういう話は大好きです。 微妙に恋っぽい、でも違う想い。青いなぁ。良いなぁ。と思いながら読ませていただきました。 女の子はませ…
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