第21話 強力無比の魔操弓!
野営地の正面から大森林に踏み込み、すぐに右へと迂回した進路を取った俺達ルコット隊。目指すは敵城への秘密通路があるという、城の南東部の地点だ。あいにくの曇り空のせいもあって、朝なのに森の中はかなり薄暗かった。約100人からなる部隊は横に多少展開して進軍してたけど、割と平坦な地形で茂みなども少なく、行軍に支障は無かった。
案内人の老猟師マーカスは、年季の入った弓を持ち矢筒を背にしている。通路入口の目印である老木に心当たりがあるそうだ。ドヌルの吐いた情報が正しい事を祈るばかりだな。
俺・ユキナ・ルコットによる朝の痴話喧嘩というか、つまらない騒ぎのおかげで、隊は緊張感が欠けピリッとしない。隊員の顔を見るに、隊長のルコットが怖いから仕方なく従っている、という雰囲気がありありだ。
小一時間も経っただろうか。マーカスが何かを警戒し、しゃがんで俺達の方に振り返った。ルコットは後方へ手で合図し、部隊は姿勢を低くした。
「どうしたんです?」
「シッ! 何か来ますぞ」
俺を短く制すると、無精髭を撫でたマーカスは弓に矢をつがえ樹上に狙いを定めた。木の上に何かいるのか? 俺も目を凝らす。
「あっ、あれ」
ユキナが前方の樹上を指差した。地上から10メートル程の太い枝の上に、赤黒い毛に覆われた猿がいた。大きさは1メートル前後しかないが、目は不気味に赤く光り、普通の猿ではないのは一目瞭然だ。
「なんじゃあれは。見たこともないぞ」
そう言いつつも、マーカスは矢を放った。さすがこの森で長年猟師をしてきただけあって、胆が据わっていて狙いは正確だったが、その猿はひょいっと避けた。
「このジジイ、いきなり射ちやがって! 人間ども、今朝から動きが活発のようだがお前達は何処へ行くつもりだ!」
猿はいきり立って叫んだ。猿のくせに話せるとは、やはりモンスターだ。話しぶりからすると、ハーケン将軍は派手に動いてくれているみたいだな。
「この先に用があるんだ。通らせてもらうぞ」
「なにぃ? マルゴス様の城を攻めるとでも? そうはさせんぞ。このアンジュがここから先は1歩も通さん!」
城にいる大将の名前と化け猿の名前が判明した。1匹で俺達の行く手を阻むつもりなのか。ルコットにさっさと倒してもらうかと余裕をかましていると、事態は急変した。
「ウギャギャギャッ!!」
「キーッ!!」
喧しい咆哮が森に響き渡り、枝から枝へ木から木へとジャンプしながら、アンジュの後方から大挙として灰色の毛をした猿が現れた。樹上で枝葉を鳴らして威嚇する。アンジュの色違いでやや小型だが、何百といそうだ。見覚えの無いモンスターだぞ?
「やれっ!!」
「ウキーッ!!」
アンジュの命令で、猿の群れが攻撃を仕掛けてきた。知能が高いのはアンジュだけのようだが、石や硬い木の実、小枝を削った手槍を投げてくる。至る所にある葉っぱに魔力を込めて放つヤツもいた。それが意外と鋭く、怪我人が続出した。
「反撃しろ!」
ルコットが号令し、近くの木を盾代わりにした部隊は反撃を開始した。弓兵20名が矢を放ち、魔法使い・魔術師や魔法剣士などが風・氷魔法を撃つ。しかし、直線的にしか飛ばないので向こうも木の陰に隠れたり、高い身体能力で避けてしまう。矢は枝や幹に突き立つばかり。
「ウキャーホホホ! 弾切れを狙っても無駄無駄ぁ! こちらはどんどん補充出来るからな!」
転移魔法の類いなのか、アンジュは狂ったように笑うと黒い魔法の玉から、何ヵ所もの部下の手元に次々と武器を送り込んでいる。激しい攻撃に、何本かの若い木が深い損傷を受けて根元から折れた。包囲されないだけマシだが、状況は厳しい。
「どうすればいいんだ? こっちの攻撃が当たらない! 的が小さいし素早い!」
「このままじゃジリ貧だぞ」
「僧侶はどこだ? 手当てしてくれぇ!」
隊員が悲痛な声を上げる。飛び道具の無い戦士や剣士は攻撃手段があらず、耐えるのみだ。見かねたルコットが飛び出したが、集中砲火を浴びそうになりすぐに下がった。
「このままでは……ヒロト様、どうすれば……」
ルコットに焦りの色が浮かぶ。それを見てゾクゾクする俺。よし、そろそろ俺の出番か。
「しょうがないなあ。ここは私が本気出して、この一帯を吹き飛ばそうかな」
なかなか動かない俺に痺れを切らしたのか、ユキナは派手に魔法をぶちかます気だ。そんな森の一角を抉るような大魔法を放てば、轟音で城の内外にいる全ての敵の目がこちらに向いてしまう。俺は首を振って留まらせた。この難局を一気に打開すれば、隊員全員が俺に一目置くだろう。この不利な状況を利用させてもらうのだ。俺は気合いを込めて念じた。
──最強の狩人ロビンよ、来い!
俺の姿は一緒にしてロビンに変化していた。茶色い革製の魔法のグローブとブーツ、薄緑色のケープにクリーム色のズボン。山野を駆け巡るのに適した装備だ。そして武器は────
「魔操弓シルフィード!」
弦の張られていない、白く美しい弓。全体に光沢は無く、魔力を増幅させる魔法石が幾つもあしらわれている。俺は弓を左手に握ると魔力を注入した。瞬く間に弦と矢が魔力で形成され、右手の魔法のグローブで白く輝く矢を放つ。
「ウキャキャッ、何処を狙って……」
一見的外れに飛んだと思われた矢に、アンジュは呆れたような顔をしたが、空中で数本に分かれて配下数匹を貫通したのを見て愕然とした。しかも魔法の矢はそれぞれ軌道を変えて飛んでいる。
「はっ! ふっ!」
矢継ぎ早とはまさにこれだ。俺は気合いを発しながら魔法の矢を連射した。薄暗い空間に煌めく白い光芒。俺が矢を放つ毎にバラバラと地上へ落下する灰色猿たち。逃げようとするヤツもいたが無駄だ。俺の『魔操弓』は遮蔽物の多い場所で真価を発揮する。軌道を自由自在に変化させ、樹間や枝葉を縫って飛ぶ矢を放つ、追尾機能まで備えた伝説の弓なのだ。高度な魔法防御呪文か特殊なアイテムが無い限り、狙われたら逃げられない。まさしくチート武器である。
「おおっ!? す、凄い」
「誰だ? あんなヤツいたか?」
「おかげでモンスターは浮き足立っているぞ。俺らも撃つんだ」
俺の活躍で闘志を奮わせたルコット隊も再び矢と魔法を放ち、灰色猿の死体が地上に積み上がる。逃走を図った配下まで残らず撃ち落とされるのを見て、アンジュは激しく動揺した。
「こ、こんなバカなっ! な、なんだその弓は!? お前は何者だ!!」
7割方の配下を失ったあたりで、呆然としていたアンジュが絶叫した。残った猿もすっかり怯えた声で鳴いている。
「こ、こうしてはおれん。退却してこやつらの事を報告せねば」
配下を見捨て、一目散に逃げ出すアンジュ。森に潜む他のモンスターや、特に城には報告されたくないし、ここでみすみす逃す気はない。
「逃がすかっ!」
魔操弓が唸る。遠く逃げるアンジュの背中に魔法の矢が突き刺さり、ガサガサと枝葉を揺らしてヤツは落ちてきた。残りの猿は健気にも木から降りてボスのアンジュの元へ集結してきたので、ルコットは突撃を命じた。ルコットの拳と蹴りが鬱憤を晴らすように荒れ狂う。隊の全員で協力し、アンジュを中心に取り囲んで次々と討った。出番の無かった戦士や剣士が張り切っていた反面、半四足歩行である猿の動きは地上で鈍っていた。ユキナも氷魔法で参戦し、アイスジャベリン等で倒していく。
「ぜ、全滅……だと?」
ついに全ての配下が斃れたのを見届けたアンジュは、うつ伏せに倒れ頭を少し上げ、荒い息で喘いでいた。
「相手が悪かったな」
「そうそう、ヒロトの新キャラ強すぎ。私は魔力温存出来たからいいけど」
ユキナがしゃがみこんでアンジュの顔を見ると、息も絶え絶えながら不敵に笑っていた。
「…………ウキッ、ウキキッ……お、俺達に勝っても、この先にいる番人は倒せん。地獄を見るがいい……」
「言い残すのはそれだけ? はあっ!」
金色に輝くルコットの拳によって、アンジュは苦しみから解放された。隊員の殆どは、猿の死体を剣やナイフで裂き、体内からモンスターの魔力や生命力の源である核──「精石」を取り出したり、牙や爪を採取していた。金に換えられる物は貪欲に回収するのが冒険者の鉄則だ。
部隊を点呼すると、こちらに死者は出なかった。僧侶達の治癒呪文による治療のおかげで、怪我人はすぐに全快した。
「ヒロト様、感服しました。あの戦況を容易く覆すなんて……。これがロビンのお姿なんですね」
ルコットは尊敬の眼差しで俺を見上げている。“炎の魔剣士ベルシオン”と違って、金髪碧眼で色白の美しい青年姿だ。顔の作りが全く別物なので誰も副長ヒロトだとは気付かない。普段俺に見向きもしない女の隊員の何人かが、遠巻きに俺の顔を見てキャーキャー言っている。やはりイケメンは正義なのか。……おい、自分の異世界で何でこんな気持ちにならなきゃいけないんだ。ふ、ふん。俺にはお前らなど足元にも及ばないユキナがいる。俺を勇者と勘違いして、完全にベタ惚れのルコットもいるんだぞ!
「魔法の弓矢によるご活躍、お見事でした。ところで貴殿は?」
「降って湧いたように現れたが、案内人と同じこの辺りの猟師なのか?」
隊の結成時から反抗的な目付きをしているシルバーランクの騎士と魔法剣士がやって来て、俺に問い掛けてきた。確かこの黄色い髪の青年騎士はレイ、黒犬の獣人魔法剣士はルブロだ。プレートの色が示す通り、実力的には隊で4位と5位を争うだろう。ムズムズしたルコットが得意気に口を開こうとするのを、俺はやんわりと手で抑えた。
「ワシも若い頃は冒険者として各地を旅したが、それほどの魔法の弓矢は知らぬのう」
マーカス爺さんもひょこひょこやって来て、俺の『魔操弓シルフィード』に目を奪われている。
「私は最初からいましたよ」
「いや、そんなはずは……」
「待て、レイ。この声、匂い……まさか?」
鼻をヒクヒクさせたルブロが穴が空くほど俺の顔を凝視してきたところで、変身を解いた。ヒロトの姿に戻り、ロビンの専用装備である魔操弓も消える。
「ヒロト……副長?」
「げっ! あんたが変身してたのか!」
マーカスが口をふがふがさせ、レイとルブロが目を丸くしていたので、ユキナは愉快そうに笑った。その後方で、ロビンに黄色い声を送っていた女達が悲鳴を上げていた。「嘘だ」やら「詐欺だ」と泣き叫ぶ声を耳にしながら、俺はいっそのことロビンのままでいようかと、苦笑するばかりだった。




