第1話 いつもと違う!
「全く……しつこい奴らだ!」
昼なお暗い、深い森の中。大木の根に躓き、茂みを突っ切ってひた走る。日頃の運動不足のせいか、すぐに息が乱れる。これだけ全力疾走したのはいつ以来だろうか。
俺は今、2人の悪党に追われている。
やっぱり、いつも通り強者の設定にすればよかった。たまには趣向を変えようと思ったら、このザマだ。
「どこ行きやがった! 畜生がぁ!」
静かな森に響き渡る悪党のがなり声。かなり殺気立ってるようで、背後に迫ってきている。俺はちょっとした段差を飛び降り、手頃な窪みに身を隠してやり過ごす事にした。悪党共の足音がすぐ真上を通り過ぎていったので、とりあえず一安心だ。
俺の名前は梅林寛人。首都圏に住む17歳の高校生だ。梅林を音読みして「バイリン」と呼ぶ奴もいるけど……。
で、今は何処にいるかと言うと────
ずばり、異世界だ。しかも俺が創造し、構築した世界。別にトラックに跳ねられて死んで転生したとか、意思に反して女神様に飛ばされたわけじゃない。自由に行き来して楽しんでいる。どういう事かと言うと、近所の廃業するリサイクルショップの片隅で見付けた、不思議な本の力によるものだ。
その本を手に入れたのは、3ヶ月ほど前のこと。
最初は、ただの夢かと思っていた。
装丁は高級なアルバムみたいな感じで、B5位の大きさ。表紙全体には何かの植物の蔓が巻き付いたようなデザイン。厚みはそれなりにあるけど、中身は白紙の本。何となく購入してしまったそれをパラパラと捲り、枕元に置いて寝た夜────
だだっ広い草原みたいな場所に俺は立っていた。ぼんやりとしていると、どこからともなく声が響く。「気の向くまま、自由に世界を創造してみなさい」と。急にそんな事を言われても、今一つピンとこない。俺は返事もせず草の上に寝転んだ。地面に吸い込まれるように、深い眠りに落ちていく。
その後は普通に目覚めて平凡な1日が始まったんだが、それからというもの何度も同じ夢を見ては、謎の声を無視して寝るのを繰り返した。でもいい加減気になったので、ある日の夢の中で「世界を創るって何だ?」と、暗い空に問い掛けた。
「本を手に取り、思うがままに……自由に考えればよいのです」
その時初めて、この妙な夢は枕元に置きっぱなしの本が俺を呼んでいるんだ、と気付いた。
ちょうど日曜日で暇だったので、起床した俺は早速本を手にしページを開いた。それでまあ、軽い気持ちで「ラノベやゲームにありがちな、中世西洋ファンタジー風の世界を旅したい」なんて願ったわけ。剣士になった俺がモンスターを斬りまくり、悪人を懲らしめる姿を想像する。孤高の一人旅、みたいな。
「俺……何やってるんだろ」
変な夢を真に受けて、想像力をフルに発揮してしまった。部屋の真ん中に立ち、実にバカバカしい事をしている。自嘲気味に笑って本をベッドに放り投げようとしたら、手がじんわりと熱い。よく見たら、本が白く輝いている。
「なんなんだこの本は!? まさか本当に?」
慌ててページを開くと、最初のページ……見返しや扉の部分は白紙のままだったが、もう1枚捲ると見開きで世界地図が描かれていた。大まかな輪郭と幾つかの国名、うねうねとした国境線が引かれた想像上の大陸。小学生の頃、架空の世界をノートに書いて友達と見せ合った物に似ていた。
久々に興奮した俺は、色々と試すうちに段々と世界の構築のやり方が判ってきた。
想像し、ページに手をかざして頭の中で復唱するだけで、世界観や法則、各地の気候風土、生息する種族やモンスター等の設定が記述されていく。編集や修正も思いのままだ。既存のゲームや映画、古本屋で買った幻獣図鑑やネットで検索した画像も参考にし、イメージする。俺はこの世界を「エターナ」と命名し、訪れる際には「ミッション」、現実世界へ帰還するには「リターン」という合言葉を設定した。最初に「自由に行き来している」と言った理由がこれだ。
俺は夢中になって様々な職業や強さのランクを考え、エターナに入る時はその中から任意に選び、使える技や魔法は初期状態の強さや成長過程に応じて増える様にした。日曜日を丸々潰して没頭する俺。エターナの中では原則として設定の変更は不可とし、夕食後に意を決して、合言葉を唱え本の中へと吸い込まれた。
暖かな日差し。
街を行き交う人々。
爽やかな風に揺れる草花。土の感触。
VRなんて目じゃない!
全てが俺が創造した世界なんだ!
俺はやたらと感動していた。最初は行動範囲も狭かったが、日々細かい設定を加える事で世界観は厚みを増し、それをベースにどんどんと自動に発展していく。エターナの人々は連綿と紡いできたかのような歴史と記憶を持ち、生活している。俺は創造主・絶対者を気取って徐々に滞在時間が長くなっていった。何故か現実では大して時間が経過しなくなり、寝る前に冒険へ出るのが日課となった。
2ヶ月もすると、不思議な本は「エターナ」の図鑑か解説書とも言うべき内容となり、ページが増大し当初より分厚い物となっていた。つくづく不思議な本だ。
エターナに没入する際は常に最強クラスの戦士や魔法剣士となり、相手の攻撃を無効化する『絶対防御』等のチート能力、超絶攻撃力を持つ伝説の武器なんかを装備して無双状態。お姫様を拐った巨大なドラゴンをあっさり倒したり、村や街を襲撃するモンスターの群れを一掃し、感謝感激した人々からちやほやされたり。心ゆくまでヒャッハーしていた俺だったが、ちょっと飽きてきて「エターナ本」を本棚に並べるとしばらく放置した。
2~3週間ほど経ったある日、ふと思い立って“弱者”として訪れてみる事にした。強すぎると面白味に欠ける。端的に言えばスリルを楽しみたくなったわけだ。まあ、ヤバくなれば合言葉で現実世界へ逃げればいいし。たとえ殺られても、設定通り現実世界の自分の部屋に戻るだけだ。本当に命の危険があるわけではない。
で、最弱の村人や町民よりマシな『ホワイトランク』の冒険者ヒロトとして、エターナに入った。このランクはイエロー・レッド・ブラックの順に昇格していく。軍隊の認識表みたいに色付けされた小さなプレートを首から下げて、ランクが一目で識別可能になっている。更に上のランクもあるけど、おいおい説明する。
出現地をランダムにしていた俺が困惑したのは、いつもなら拠点とも言うべき大きめの町やいずれかの国の王都とかでスタートするはずが、よく分からない森の中に降り立ったからだ。
適当にさ迷っていると木こりの家らしき丸太小屋があって、窓から中を覗いたら人相の悪い男が2人。しかも俺に気付いた途端に、剣を抜いて小屋から飛び出してきた。
そういう経緯があって、逃げていたってわけ。
「何であいつらあんなに殺気立ってるんだ? あの小屋に何かあるのかなあ。まあそこそこスリルは味わえたか」
窪みに隠れていた俺は、一旦現実世界へ戻って違う場所でリスタートしようとしたが、気が変わった。あの悪党を罵倒し、盛大におちょくってからにしよう。そうと決まれば即行動に移す。
「おーい、俺はここにいるぞ~! バーカバーカ!」
大きく息を吸い込み、ありったけの大声で叫ぶ。そんな調子で喚いていると、「こっちだ!」という声がして男達が茂みを掻き分けて現れた。
「やっと来たかクズ共よ。あっさり見失ってんじゃねーよ」
「てめえ……もう逃げねえのか?」
悪党2人組は、俺が逃走を止めて居場所をアピールしたのが解せなかったようだ。少し怪訝な顔をしている。
「んー? なんか眠たそうだな。よく見たら間抜け面だ。冗談は顔だけにしてくれよ?」
俺はフッと笑い、右側の腫れぼったい目をした男の方を小馬鹿にしてやった。男は左頬をヒクヒクさせている。
「……? てめえ、ホワイトランクのくせに余裕かましやがって! なめてんのか?」
首から下げたプレートを視て、左側に立つ男が唾を飛ばして憤る。細目でやたらと鼻が高く、痩せぎすで神経質そうだ。
「あんたら盗賊か? まあ真面目に働くタイプじゃないよな。頭も悪そうだし、いかにも卑怯な手段を使って、弱い相手を集団で襲うしか能が無いって感じ」
「こ、この野郎!」
「まあまあ、そんなに怒るなって。バカ面をあえて醜いゴブリンに寄せなくていいんだぞ? ただでさえ見れた顔じゃないのに、更なるブサイクを追求してるの? アハハハ!」
2人の顔を交互に指差し、腹を抱えて笑った。悪党共の剣がカタカタと揺れている。そろそろ彼らの怒りが爆発しそうなので、俺は華麗に去るとしよう。エターナで絶対無敵の強さを誇ってきた俺はかすり傷さえ負ったことは無いが、痛いのはゴメンだ。
「俺はこれで失礼する。まあ楽しかったぞ。……『リターン』!」
格好つけてマントを翻し、目を閉じて合言葉を唱えた俺は、ゆっくりと目蓋を開いた。
ところが見知った俺の部屋ではなく、全く変わらぬ森の中。目の前には険悪な雰囲気の悪党が2人。そう、現実世界へ帰還出来なかったのだ。
初めての事態に、俺は固まっていた。沈黙が訪れる。いや、何かの間違いだ。気を取り直して帰還を試みる。
「『リターン』!!」
顔に掌を当て、無意味にポーズを取り、気持ちさっきより声のトーンを上げた。しかし、指の間から見える悪党の姿はそのままだった。また失敗? 俺は若干焦り出した。いや、まだ慌てる必要は無い。落ち着け、俺。
「魔法かと思えば、何の真似だ?」
痩せ男の方が警戒しながら剣を寝かせて構える。ごもっとも。逆の立場なら、俺もそんな感じで問い掛けるだろうな。小さな溜め息を吐き、俺は再び合言葉を唱える。
「『リターン』! …………『テレポート』! 『テレポーテーションッ』! わああっ! 『ス、ステータスオープン』! 違うっ!」
3回目の『リターン』が失敗に終わると、俺は混乱してしまった。咄嗟にゲームやファンタジーで定番の瞬間移動を口走ったけど、今は低レベル冒険者だし当然何も起こらない。かと言って、戦うという選択肢は無い。腰には安物の剣を差してはいるけど、日本の普通の高校生が剣術を心得ているはずがないし。いつもは設定のおかげで身体が自然に動いていただけだ。
「なんだコイツ」
「散々バカにしやがって。覚悟しやがれ」
悪党のお兄さん方は大層ご立腹らしい。無理もないけど。殺る気満々で今にも斬りかかってきそうだ。エターナに来て初めての危機だった。
「何で帰還出来ないんだ? どうしてこうなった! どうしてこうなったあああ!?」
この分だと、殺されたらこの世界で死んで終わってしまうのかもしれない。かつてない恐怖に戦いた。誰でもいいから助けてくれ!
「おい、何をやってるんだ?」
突然の乱入者……願いが通じた? お助けキャラの登場か!
俺は期待を込めてその声の持ち主に目を向けた────
2作並行で新連載を始めてしまいました。
1話3000~4000文字を目安に執筆したいと思います。
最初の数日は18時前後に投稿し、以後は2~3日のペースでいきたいと考えています。よろしくお願い致します。