8話
レイナが帰ってくるまでの間、僕は部屋の中で考え事をしていた。昔の彼女のことだった。とても目がくりくりとして真面目そうに見える女性だった。
ぼんやりと空をベランダから眺めれば雲が移動しているのが見える。レイナの鋭い目線が僕は好きだった。
昔の彼女とは対照的だった。でも両方好きだ。そんな風なことを考えながら、頭の中でコーヒーを飲もうか、煙草を吸おうか考えた。
着想はいつも突然やってくる。僕はふいにノートパソコンを部屋に戻って開き、プログラミングを始めた。
「君は仕事ができるからさ。プロジェクトのリーダーを任せたいと思っているんだ」
僕の課長がそう言ったのを思い出す。
三十台後半の男でスポーツマンだった。学生時代はラグビーをやっていて、全国大会に出たことがあるらしい。
彼は今の仕事にとても満足していると言っていた。髪の長いとてもきれいな奥さんと二人の子供がいた。
僕ももうじき将来について考えなければならない。ネットで吸血鬼についての情報を探そうと試みたことは何度もあるが、ろくな記事に当たらない。
どの記事も素人が適当に書いた嘘まみれの情報だったのだ。
僕は時折そんなネットサーフィンをしながら、時折プログラミングをしながら、レイナが帰ってくるのを待っていた。
とても広いマンションだった。都心の高層階に位置していて、近くにはカフェやイタリアンのレストランや高級なデパートがあった。
食料品はなんでも手に入った。僕は冷蔵庫を開けて中を見て、レイナが買ってきたクッキーを口にする。
苦みと甘み両方がまじりあうビターな味だ。まるでレイナみたいだった。攻撃的なのにすごく優しくて弱さと強さを両方抱えている。
僕はそんな彼女のことが好きだった。そしてそれを誰にも告げることはなかった。
「吸血鬼はもうこの時代には必要じゃないわね。もうじき終わるわ」
レイナはある休日にベッドで目覚めた僕にそんなことをつぶやいた。
「そんな時代が来るのかな?」
「きっとやってくる。世界は平和になると思うわ」
「別に世界が平和じゃないのは君たちのせいじゃないさ」
僕は適当にそう言っておいた。吸血鬼はいったいどこから来たのだろう。生まれはヨーロッパなのだろうか。日本でもヨーロッパでも吸血鬼の伝承は広く知れ渡っていた。しかし時代が進み文明が変化していくことによって吸血鬼時代の存在もあやふやになっていった。そして彼らは時に冷酷に静かに人を殺して生き延びていた。