4話
その日、仕事を終えた僕は帰りの電車に乗っていた。
「この間オーケストラの抽選に当たったのよ」
あるおばさんがとなりのおばさんに言っていた。僕もオーケストラが好きだ。バイオリンの音を聞いているだけで、心が落ち着いて癒されていく。
おばさんはただ頷いていた。
「それで息子と一緒に行こうかと思って」
僕はその二人の会話をただ黙って片手に鞄を持ちながら聞いていた。ふと頭の中に旋律が浮かんだ。いろいろな旋律だった。それはロックとかバイオリンとか様々な音が混じった不思議な音だった。
今、レイナは何をしているのだろう。そして僕は彼女が僕のことを愛していないことを知っている。
あまり意味のない会話をおばさん達はしているように見えた。
「いいわねえ。私の息子は今九州で働いているのよ」
「九州? ずいぶん遠いわね」
そんな会話を電車の中で聞いていると、すぐ隣の席に女子高生が座った。彼女は黒ぶちの眼鏡をかけていた。熱心に英単語の本を読んでいた。きっと彼女の頭の中には英単語しかなくて僕のことなんか視界にも入っていないだろう。
それはなぜか今の僕には悲しいことに思えた。ただこの地上に僕と同じ考えを持つ人間たちが共存している。そして彼らはそれぞれの思いを抱えてただ死んでいくのだ。
文明は滅ぼしあった。吸血鬼はその圧倒的な魅力と力で宗教や科学を作り出し世界を支配した。そして科学技術、主に、銃とか爆弾とか飛行機とか電気とかいろいろな技術や政治などの知恵が深まっていった。
レイナいわくそれは自然なことらしい。ダーウィンの適者生存みたいなものらしい。
この銀色の電車を作ったのも吸血鬼だった。でも僕は知っている。人間たちのために新しいものを開発してそれで結局人間を路頭に迷わせたりしながら、結局自ら死んでいった吸血鬼がいることも。
「私たちが物語から去ってからずいぶんと時代が過ぎたわ」
レイナはそんな風にいいながら少女の小指を食べていたことがある。
僕はマンションの一室の冷蔵庫の中に血の入ったペットボトルを見た時、いったい奴らは何を考えているんだろうみたいな考えにずっと取りつかれていた。
「また連絡するわ」
おばさんの一人が電車を降りた。僕はスマートフォンをいじりながら隣の席に座った。吸血鬼が王だったことを今の人達は知らない。彼らなりの秘密らしい。それをなぜ僕に教えてくれたのか。なぜ人類がずっと争いあっていたのか。その理由がすこし解けた気がした。