プロローグ
全くもって人生は意味をなさない。それがどんな意味をもつかなんて彼女に聞いたところで、吸血鬼のレイナに聞いたところでわかったもんじゃない。
渋谷の交差点で人が死んだ。その時レイナは死体を探していた。
「ここにはもういないぜ。運ばれちゃった」
「自殺した体でいいのよ」
吸血鬼のレイナはそう言う。
「なんなら俺の血をやってもいいけど」
渋谷の夜の交差点で僕らはそんな話をした。
「今はいい。あなたの血はおいしいよ。私が生きるのにそんなには必要じゃないの。死体がなければ死ぬだけだしね」
「お前の仕事は人殺しだろ?」
「そうね。自殺したい少女なんかは容赦なく殺すわ。別に問題もないでしょう? 本人が死を望んでいるのなら私の中の倫理感ではかまわないのよ」
「俺達の人生は長い旅になりそうだな」
「あなたは米と野菜と鶏でも食べてれば生きていけるのよ。私はお腹がすけば、喉が渇けば人間を殺したり、血を吸わなきゃいけないわけ」
「大変だね」
渋谷の夜の交差点。交通事故で警察とか救急車とかでてんやわんやしている。僕は黒い服を着たレイナの横で厚手のコートを羽織りその様子を見ていた。
「あの人欲しいんだけどな」
レイナはぼそっと言った。
「無理だよ。もう警察が来ちゃった」
「私には妙な感があるの。この人おいしそうみたいな」
僕らは渋谷の交差点を渡って、そしてに二人で住んでるマンションに向かった。マンションの中はとてもきれいだ。一か月二十万円くらいした。IT企業に勤めている僕と保険会社に勤めているレイナの給料だったらこのマンションは安いくらいだ。
僕らはシャワーを浴びた。水の当たる僕の首筋にレイナはそっと牙を寄せる。そしてもうしわけない程度に僕の血を吸った。瞬間鈍い痛みと快感が頭に走る。
二人でシャワーを浴びている、こうしている時間がとても気持ちがいい。
「あったかいね」
レイナはどうでもよさそうに言った。
「確かにあったかいね」
僕も言う。
「あなたっていつもそんな感じで、心の中を見せてくれない」
「そんなことないさ」
僕らはシャワーを浴びたあと煙草を吸った。
そして二人でベッドに横になった。僕はレイナの首筋に触れる。冷たくて異様なくらいに美しい女だ。そして吸血鬼だった。
僕らはベッドで話したあと、二人で冷蔵庫にあった缶ビールを飲んだ。
「味がしないのよ」
レイナはそう言った。
「アルコールは?」
「全然」
「のどはうるおわないの?」
「もちろん」
「血が好きなんだね」
「それと人の肉がね」