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愛刀が哀刀に変わる時

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げてから、千沙と一緒に職員室へ入った。

 

 出勤の挨拶って、こんな感じで大丈夫なのかと不安になるが、

 静かな職員室の中には、まだ五味先生しかいなかった。

 

 というか、机と座席は7人分あるけど、この学校に先生って何人いるんだろうか。


「おはよう。遥人くん」


 自分の座席に座った俺に、五味先生が挨拶を返してくれた。

 

 なんかいいな、こういうの。

 感慨に浸っている俺に、五味先生が耳打ちした。


「二回悲鳴が聞こえたけど、夜這いでもしたのかい?」

「よ、よば……ち、違いますよ!」


 朝這いですよ! 


 ……嘘ですしてません。

 

 つい反射的に、顔を真っ赤にして怒鳴ってしまった。

 五味先生は悪びれもなく、したり顔で微笑んでいる。

 反対側から、千沙が何事かと目を丸くして見ていた。


「違いますよ!(小声)」

「またまたあ。男同士なんだし、教えてくれてもいいじゃないか」


「そ、そうだ! 五味先生! 先生って、何人ございますのでありますか!?」


 話題を逸らすために、とんでもない日本語が出てしまった。

 千沙が両手で口元を抑えて笑いを堪えている。可愛い。でも悔しい。


「え? ……そうだね。同僚のことを知るのは大切だね。

 教師は遥人くん含めて全員で7名だよ。その内、常駐しているのが4人、

 僕と千沙さんと、六笠先生と遥人くんだね」


「ちょ、ちょっと待って! 六笠先生って誰!? 昨日もいたんですか!?」


 しれっと昨日顔合わせした中に、覚えのない人物を入れるのやめてくれ。


「ああ、六笠さんとは会ってなかったか。六笠先生は滅多に部屋から出ないからね、

 食事もタビーさんに部屋まで届けてもらってるみたいだし……」


 よくわからんが、コミュ障ってことか? 

 何か親近感が湧いてきた。仲良くなれそう。


「まあ、かなり高齢のお爺さんだから、三階と一階を行き来するのが、

 大変なだけかもしれないけどね」


 引きこもりの美少女を想像したのは俺だけではないはず。

 だが、現実は残酷でした。


「そうなんですか……。で、今日は誰か、俺の知らない先生は来られますか?」


「なんできみ露骨に残念そうなの? ……今日は午後から校長先生が来るよ」


 校長!? って、別に驚くことでもないか。

 学校だもの。そりゃあ校長くらいいるよ。


「校長先生も授業をされるのですか?」

「するよ」


 素っ気ない返答。もっとさ、詳しく教えてくれてもいいじゃない? 

 キャッチボールしようぜ、会話のキャッチボールをさ。


「……何の授業をされるのですか?」

「うーん、それが難しいんだ。なんといえばいいのか……ねえ、千沙先生?」


「そうですね、私もちょっと、……説明できないです」


 二人とも困った顔をしているが、説明が難しいくらい凄い授業ってわけか。

 これには期待が高まっちまうぜ。俺に超秘伝の奥義とか授けてくれたりして。

 

 きーんこーん。

 授業開始を知らせる朝のチャイムが鳴りだした。


「やっべ! 授業の時間だ! 行こう千沙!」

「は、はい! 行きましょう、遥人さん!」


 つい、話しに夢中になって時間を忘れていた。


 ――急がなければ。

 何としてもチャイムが鳴りやむ前に教室に入らなければならない。

 遅刻でもしようものなら、クソガキにつけ入る隙を与えてしまう。

 

 かーんこー。


「っしゃあああ! セーフ!」


 ギリギリで教室に滑り込んだ。ガチでダッシュした甲斐があったぜ。

 ……いや、なかったわ。


「う、うっそだろ……」


 教室には誰もいなかった。



――



「先生はとても怒っています。はい、何故かわかりますか? 

 じゃあそこで欠伸をしてる虎君、答えてください」


「それはあ、先生がすぐ切れる若者だからです! ぎゃはは! いってえ!」


 馬鹿は死んでも治らないというが、こいつがそうだろう。

 学習しないやつめ。


「答え合わせ。先生が怒っているのは、君たちが寝坊したからです」


「き、喜多見が悪いんやで! いつもはうちのこと起こしに来てくれるのに、

 今日はなんでか知らんけど、来てくれへんかったんやもん!」


「人に頼らずに自分で起きなさい」


 ピシャリと言うと、凜は「だって」だの「うちわるないもん」だの、

 言い訳を連発しながら、うるうると涙目になった。


「でも珍しいね。喜多見さんが寝坊だなんて、

 もしかして初めてじゃないかな? 何かあったの?」


 お気づきいただけたであろうか?

 千沙が、幼神たる子供のことを、様付けで呼ばなくなったことに。

 

 これは、昨夜俺が提案したことだ。

 神様だのなんだの、こちら側の人たちにも事情はあるんだろうが、

 教える者が教わる者を相手に、『様』なんて付けるのは絶対によくない。

 

 性格歪むって。

 まあ、もう歪んでるやつもいるんですけどね。


「すみませんでした、先生。実は、寝ている間に時計が壊れてしまったようで、

 起きる時間に、目覚ましのベルが鳴らなくって……」


「許す! 授業を始めようか!」


「おい! てめえ、俺の時と態度違くねえか!?」


「そんなことはない。気のせいだ。故障じゃあ仕方ないだろ」


 食って掛かってきた虎は、

「そうだけどよ……」とかぶつぶつ言いながら引き下がっていった。


 こいつの怒りのスイッチはわかるが、納得のスイッチはさっぱりわからん。


「では、今日は新しいこと……いえ、今日も復習をしましょう。

 昨日は授業が全然できなかったもの」


「ええ~!? やだやだ! 俺新しいところがいい~!」


「お前は新しいところでも復習でも、どっちでも真面目に聞かないだろ」


「ああ!? てめえ舐めてん……まあそうだな」


 やっぱり虎の納得どころはわからん。


「ごほん。では、そうですね……。昨日、遥人さんが晴れて帯刀されたことですし、

 刀についての復習をしていきましょうか」


 おっ、それは面白そうだ。


「マジ!? やっりぃ~! 興味あるぅー!」


 虎と意見が一致したのは不快だが。

 っていうか復習なら、お前は一度聞いてる内容だろうが。


「えへへ。興味持ってくれて、先生嬉しいです。

 じゃあ、説明できる人は手を挙――喜多見さん」


 話の途中から、天を衝くが如く手を挙げていた少女を千沙が指名した。

 ほんと凄いなこの子。


「はい。桜花の国において、15歳以上の成人は、

 自分の刀を授けられ、帯刀することとなります」


 うん。昨夜、姫様が言っていたことだな。


「持ち主は、犯罪行為等により刀の持ち主に相応しくないと判断された場合、

 即、刀を没収されることになります」

 

 それは知らなかった。

 つまり、罪人は刀を差せないということか。

 逆に言えば、刀を差しているということは、ちゃんとした大人の証明になる。

 なるほど、だからみんな、肌身離さずに刀を持ち歩いているわけか。


「刀の刀身は、龍脈に根付く、結晶樹けっしょうじゅを素材としています。刃を持たず――」

 

 喜多見がこちらを振り向いた。

 彼女はまた、俺向けの説明をしてくれるのだろう。


「木刀そのものですが、持ち主が霊素を送り込むことでその姿を変えます。

 これを真丗解放しんせかいほうと言います。刀により解放状態の見た目は異なりますが、

 共通事項として、この真丗解放をした状態の圧倒的な切れ味は、非力な女性にも、

 容易く大木を切断させる程になります」


 わかりやすい。

 木刀ね、持った感じも軽いし、刃がないから切れないし、ほんとそんな感じ。

 しかし、死神代行の使う〇解みたいな感じで、

 なかなか俺好みの厨二心をくすぐる名前がついて……いや、ちょっとまて。


「霊素を送り込むことによって姿を変える!? 

 じゃあ、霊素ゼロが持ち主の俺の刃桜は……?」


「残念ですが、先生の刃桜が真丗抜刀することはありません」

「お、俺の刀は、ただの木刀ってこと……?」


 一縷の望みを込めて千沙を見るが、何とも言えない表情で頷かれた。

 ……希望は絶たれた。


「ぶひゃひゃひゃひゃ! だぁーっせ! ひゃっひゃっひゃ!」


 馬鹿笑いする虎を叱る気すら起きない。

 完全に意気消沈である。


「で、でもね虎くん! 

 先生の刀の『桜』って銘は、一番立派な結晶樹から作られた証なんだよ!

 すっごく貴重なんだよ!」


 レイチェルが、声を必死に張り上げて俺を励ましてくれたが、

 俺は力なく微笑み返すことしかできなかった。


「た、宝の持ち腐れじゃねーか! ぶひゃひゃ! 

 豚に小判! 猫に真珠! ひゃっひゃっひゃ!」


 間違っているが、それでも意味は通りそうだな、

 なんて、僅かに残った思考回路が無駄な働きをした。


「落ち込まないで下さい。剣術の道がダメでも霊術という道がありま……あっ」


 千沙が俺を励まそうとして墓穴を掘った。

 俺は間違いなく、この世界で最も霊術の才能がない人間なのだ。

 

 その後の授業はあまり覚えてない。

 愛刀から哀刀に変わった刃桜の柄を指先で弄っていたら、

 いつのまにか授業終了のチャイムがなっていた気がする。

 

 気づいたら、教室には俺と虎しかいなくなっていた。

 他のみんなは、食堂に行ったのだろう。

 給食の時間だった。


「なあ! 刃桜ちょっと貸してよ! 俺が刃桜の真の姿を見せてやるよ!」


 虎の言う通り、刃桜の真の姿が見たいのと、

 一度も真の姿を見せることなく朽ちていく刃桜が可哀想で、

 つい姫様から貰った大切な刀を、虎に渡してしまった。


「おっ! サンキュー! じゃあ見てろよ……?」


 何だか、ただでさえ性根の悪そうな虎の顔が、一段と悪意に歪んだ気がした。

 虎が刃桜を鞘から抜き放った。

 と、その時、開けっ放しになっていた教室のドアから、千沙が顔を覗かせた。


「二人ともご飯、みんな待ってますよ……って!? 

 虎くん!? あなた! なにをやっているの!!!」

 

 千沙が怒鳴った。

 彼女が本気で怒っているのを始めてみた。

 そんなに刀を渡すのがいけないことだったのか?

 ……十歳の子供に刀を渡すとか、いけないことですよね。


「止めて下さい! 

 刀は最初に真丗解放したものを持ち主として認め、

 他の者には真丗解放出来なくなってしまうんです!」


 な、なんだって!? お、お前! それ俺の刀だぞ!


「か、返せ!」

「ハッ! 遅えよ! これで刃桜は俺のもんだ! 真丗! 解放!」


 遅かった。虎は堂々と刃桜を高く掲げて、叫んだ。

 乳白色の刀身は虎の放つ霊素に反応してその姿を変え……なかった。

 

 盛大に、何も、起こらない。


「あれ!? なんで!? シンセ! 解放! 違うか?

 シンッセィ! カイホォーウゥ! いってえ!」

 

 イントネーションを変えてみるという作戦に出た虎の頭に、

 たんこぶを一つ増やして、俺は虎から刃桜をひったくった。


「なんでえ!? なんでだよお!?」

「も、もしかして刃桜は……遥人さん! 貸してください!」


 千沙が俺の手から刃桜を奪い取っていく。

 取り返したばかりの俺の愛刀が……。


「ま、間違いありません!」

「な、何が!?」


 千沙は顔中、体中で驚いていた。

 目は見開かれ、刀を持つ手は震えている。


「は、刃桜は……既に誰かに、真丗解放されています!」



 お、俺の愛刀は中古だった……?

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