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税込み2980円のクッション

 このクッション、ふかふかで気持ちいいなあ。

 凄えいい匂いするし、ちょっと俺、これ買ってくわ。

 

 親に荷物持ちに連行されたホームセンターで、

 俺は最高のクッションを発見した。

 

 柔らかくって、でも弾力があって、温かくって、何か匂いがもうやばい。

 一生これに顔埋めてられるわ。やばいくらいに気持ちいい。

 

 俺は顔を押し付けるようにして、存分にクッションの感触を堪能した。


「き、きゃああああああああ!」

「ぐはっ!」


 税込み2980円のクッションが悲鳴をあげて、

 俺に強烈な体当たりを炸裂させた。

 近代的な、ホームセンターの景色が、急激に変っていく。


「あれ? 俺、ホームセンターにいたんじゃあ?」


 ぼやけていた視界が、徐々に物の輪郭を捉えていった。

 どうやら俺は、うつ伏せになっているようだ。

 

 蛍光灯を反射する白い床は畳へと変わり、

 頭を挙げた視線の先、部屋の隅っこの方に、

 怯えた顔をして、腕で胸を覆い隠す少女の姿があった。

 

 つまり、あの柔らかい、でも弾力があって、良い匂いのクッションは——


「……ごめん」


 めっちゃ揉んでしまった。揉みしだいてしまいました。

 今もまだ手に体温と感触が残っている。


「だ、大丈夫です。わ、私の方こそごめんなさい。寝相が悪くって。

 寝てる内に、遥人さんのお布団に潜り込んでいってしまったみたいで……」


「えっ? いや、あの、そ……そうなんだ」


 何だか気まずくて、視線を落ち着きなく彷徨わせていると、

 布団の枕元に置いてあった、手巻きの目覚まし時計が目に入った。

 

 時刻は午前5時30分。

 6時に起床予定だったので、残りは30分。

 

 二度寝するには微妙な時間だ。というか、絶対寝れない。

 だってこれ、すっごい心臓バクバクいってるもん。


「時間、寝なおすには微妙ですし、宜しければお話しでもしませんか?」


 俺が時計を見ているのに気付いた千沙が言った。

 その提案に、俺は賛成した。


「あのさ」「あの」


 二人同時に声をかけてしまい、揃って赤面した。あまずっぺえ。


「いいよ、先に言って」

「ありがとうございます。

 あの……遥人様は、元の世界に帰りたいと思われますか?」


 その問いに対する答えを、俺は持っていなかった。

 

 元の世界には、家族がいて、友達がいて、彼女はいないけど、

 決して、嫌いな世界ではなかったと思う。

 異世界にいたままだと、親不孝とか、申し訳なく思ったりするわけで。


「あ……ごめんなさい。遥人さんは、

 元の世界に帰るために教師を引き受けられたのですよね」


 俺の沈黙を誤解して、千沙は言った。

 

 どこか寂し気な表情をしているが、

 自分もそんな顔をして、考えこんでいたのかもしれない。


「違うんだ。正直、自分でもわかんなくってさ。変だと思うだろ?

 自分が生きてきた世界と、昨日来た世界とを天秤にかけて悩むなんて」


 俺はおどけて見せたが、千沙の顔は至って真剣だった。


「……元の世界が好きではないのですか?」


「いや、そんなことはないよ。そりゃあ、こっちの世界に比べたら退屈で、

 つまらない世界なのは間違いないんだけど、大切なものもある……と思うし」


「私は、この世界が嫌いです」


 ぽつりと呟く様な千沙の言葉。

 

 明るくて、一生懸命な千沙が見せた、陰のある表情と言葉に驚いたが、

 言った本人は、それを聞いた俺以上に驚いているようだった。


「わ、私ったら何を! ご、ごめんなさい」


「謝ることはないさ。俺には解らないことが色々とあるんだろ?」


 千沙は、逡巡を見せた後、こくん、と、頷いて見せた。


「まあ、俺でも話くらいは聞けるからさ。愚痴でも何でも、遠慮すんなよな」


「……ありがとうございます」


 きっと、彼女が内に秘めた思いを俺に吐露することはないだろう。

 それでも、自己満足かもしれないけれど、俺は彼女に言いたかったんだ。

 

 そしていつか、彼女の辛い思いを、

 少しでも背負ってあげられたらいいなと思う。


 ジリリリリリリリリ!


「うわっ!」「きゃっ!」


 いつの間に時間が経っていたのか、二人だと少々窮屈に感じる空間に、

 けたたましいベルの音が鳴り響いた。

 

 話はここまで。支度をしないといけない。

 まずは、部屋着としてもらった甚兵衛を脱いで、脱いで――? 

 

 おっといけない。

 レディーがいるというのに、ついうっかり普通に脱いでしまった。

 そしてそれは——千沙も同じだった。


「き、きゃあああああああ!」


 本日二度目の彼女の絶叫を聞きながら、俺は知ったのだ。

 


 千沙って、寝るときにブラジャー付けない娘なんだ……ということを。



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