教え子はチートで神様
「はあ」
ガタゴトと馬車に揺られながら、自然とため息がこぼれ出た。
馬車に着いた大きな窓から外の景色を眺めると、
俺が先ほどまでいた立派なお城が、沈む夕日をバックに輝いている。
キャッスルじゃない、お城。
マジであの子はお姫様だった。びっくりした。
「な、何かご不満でしょうか? 遥人様」
木でできた狭い空間で、対面に座った待女で同い年の少女、
――九重千沙が狼狽していた。
さっきの姫様のような圧倒的神々しさはないが、
白く透き通った肌に、大きく綺麗な目が特徴的な整った顔立ちの、
純和風な日本美人という感じだ。
姫様が全国美少女コンテストで大賞だとしたら、
千沙は学校の美人コンテストで一位を取る。
そんな言葉がしっくりくる少女だった。
やはりこの少女も着物に身を包んでいる。
燕尾色の色の着物に、桜をあしらった代紋が背中に刻印された、
黒い羽織が彼女の白い肌によく似合っているが、
帯に巻き込むように括り付けてある刀が、物々しい雰囲気を放っていた。
生地の厚い着物で判別できないが、俺の予想ではかなり豊かな胸をしている。
自分が何か俺の機嫌を損ねるようなことをしていないか心配で堪らない、
彼女はそんな顔をして、慎重に俺の様子を伺っている。
彼女は俺の世話を仰せつかった待女なのだ。
「いや、何でもないよ。気にしないでくれ」
城を横目に、夕暮れの中、馬車は僅かに傾斜のついた緑の丘を下っていく。
道は舗装されているが、結構揺れる。
千沙が酔い止めをもってたり……しないよなあ。
やがて坂が終わり平坦な道になると、外に人の姿が見えるようになった。
「何やってんの? あれ」
「あ、あれは虎の団の打ち合い稽古です!」
パッと顔を輝かせて、千沙子が答えた。
なるほど。
はかま姿の女性たちが、乳白色の刀身を持つ刀を手にとって、
切ったり切られたり、何やら激しい打ち合いを繰り広げていた。
「ふーん」
俺の気のない返事を受け、千沙子の顔がはっきりと曇ってしまった。
彼女はしゅんとなってしまい、俯いて手をもじもじさせだした。
「あのさ、何で女の人ばっかりなの?
こういうのって男がするもんじゃないの?」
また千沙の顔がパッと輝いた。
「はい! それは、殿方が少ないためです!
殿方は戦いが御上手ですが、二百人に一人しか生まれませんので!」
おお……。
どうやら、これはハーレムもののようだ。
「へえ。おっ、あれが目的地か?」
激しい打ち合いをしている姿の遠くには、学校が見えた。
見た目、コンクリート製の普通の学校。
草原の中にポツンと学校だけあるの想像できる?
それはそれは凄まじい違和感。
「はい! 遥人様と同じく神世より参られた、
幼神様たちがおられる学び舎です!」
校舎に近づくにつれ、深い堀と高い塀で覆われているのがわかった。
まるで、城の代わりに学校の校舎を建てました、という見た目をしており、
校門に繋がる橋には、やはり和っぽい鎧を着込んだ女性が2人立っていた。
と、
馬車が橋にさしかかったあたりで、塀の中から、
巨大な火の玉が上空へ昇っていくのが見えた。
「あ、あれは!?」
「恐らく幼神様の霊術だと思われます!」
登っていく火の玉を追いかけながら、目を丸くした千沙が言った。
「幼神って……、召喚された人間は
霊術が使えないんじゃないのかよ!?」
俺は、姫様に霊術が使えないと言われたことを思い出していた。
「とんでもございません!
幼神様は、最上の霊術使いであらせられます!」
俺は混乱した。
千沙子の言葉を信じるなら、俺のように召喚された人間は、
この世界ではとんでもない霊術の使い手ということになる。
そして、姫様の言葉を真実とするなら、俺は霊術は使えない。
うん。矛盾はしてないな。
召喚された人間は凄い霊術使いだが、俺は召喚された人間にも関わらず、
特別に『霊術が使えない』だけなのだ。
……泣いてもいいかな?
巨大な火の玉は薄暮の空を照らして昇っていき、やがて消えた。
俺たちがその様子を負っている内に、馬車は校門の前に到着していた。
鋼鉄製の、やけに物々しい両開きの扉が、
その先の3階建ての校舎と随分ちぐはぐに映る。
両脇に立った、若い女性兵士二人が門を開いていく。
重たい音を響かせ開ききった門の向こうでは、普通の、
本当に極々普通の校庭が広がっていた。
どう見ても日本の『小学校』という感じだった。
学校の校庭では、無邪気に少年少女が走り回って……走り回って
——なんだあれ?
「くらえええええ! 必殺ファイヤーボール!」
「させへんで! 阻め! 土流壁!」
校庭では、子供たちが元気に火の玉をぶん投げたり、
派手な地殻変動を発生させたりして遊んでいた。
子供の姿は4人。
既に懐かしく感じつつある、洋服を着ている。
両手を高く掲げて元〇玉よろしく巨大な火の玉を作っているやつ以外、
全員女の子だ。
茶色の和服に、千沙が着ているのと同じ黒の羽織を着用した、
禿げ頭のくたびれたサラリーマンっぽい中年男性が、
異能力バトルを繰り広げる少年と少女の間でおろおろしていた。
「あのさ。俺が教えるのって、もしかしてあいつら?」
「はい! 左様でございます!」
「……帰るわ」
俺は言って、目を閉じて心の中で神に祈った。
無理無理、あんなの相手にしてたら死ぬって。
早く平和な日本に返してくださいお願いします。
だけど、神は俺の願いを聞き届けなかった。
目を開けると、そこにあるのは平和な日本の風景ではなく、
心配そうに俺の顔を覗き込む千沙の顔。
「おっ! 馬車が入ってきやがった!」
馬車の外から、如何にもクソガキっぽい、
意地の悪そうな甲高い声が聞こえてきた。
「新しいセンコーか? 挨拶してやるぜ!」
嫌な予感に、千沙と顔を見合わせる。
外を見ると、親のセンスが伺える極端に襟足の長い髪型をしたクソガキが、
膨れ上がった巨大な火の玉を両手に掲げて、こちらを見ていた。
俺は慌てて馬車から飛び降りた。
馬車は大した速度も出ていなかったが、土煙をあげて派手に地面を転がる。
――逃げないと。
地面に無様に張り付いた体から、頭を起こす。
と、30メートルくらい離れた位置に立つ、クソガキと眼が合ってしまう。
その口端が、ゆっくりと持ち上がっていく。
そして——
「おらぁ!」
クソガキが火の玉を放り投げた。—―狙いは俺だ。
自分の倍以上はある火の玉が、熱をまき散らしながら迫ってくる。
あっ。これあかんやつや。
走馬灯が駆け巡る。
朝食べた雑煮や、昨日食べた年越しそば、部屋でつまんだポテチ――
って食いもんばっかだな俺。
なんてことを考えている間に、燃え盛る炎が視界いっぱいに広がって——
「あれ?」
反射的に顔を守った両腕に当たった瞬間、
炎は光りの粒子になってあっけなく消えてしまった。
身体を慌てて見回して、異常がないことを確認している間に、
小さい火球が次々に飛来し、俺に当たっては光りに変わっていった。
とりあえず、何が何だかよくわからないが、
――やらなければならないことがある。
俺は必至に火の玉を連射するクソガキに駆け寄って……
体罰上等、PTAかかってこいよパンチを炸裂させた。